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第十五話「セミナー参加」2024年5月27日月曜日 曇り時々雨

 台風1号が北上していた。雲の流れが早く時々雨がぱらついている。
 私は区が開催する創業セミナーに来ていた。月曜日の夜にも関わらず定員40名の席はほぼ埋まっている。高校生と思われるグループから定年世代の老若男女が集まっていた。
 創業を考えている者、創業して間もない者へ向けての潰れない店舗を目指す、その準備がテーマであった。私にはちょうどいい。
 講師は私よりやや年上の女性だが、とても若く見える。若作りなのではなく身体にたくさんのバイタリティを秘めている感じだ。笑顔もさわやかで、この手の研修にありがちなアイスブレイクは不要だった。彼女がいるだけで私たちの緊張感は解ける。そんな講師だった。
 そもそも創業とは何か、事業とは何かから始まった。事業(経営)とは自分を含めた周りの人を幸せにすることと定義づけていた。  
 テナントの大家も含む取引先、自分、そしてお客様。「三方良し」とは古くからビジネスの世界で言い習わされてきた言葉だ。そう言えば船長の口癖でもあった。創業を考える者の多くは自分の幸せを後回しにしがちだが、自分を幸せにできなければそもそも取引先やお客様も幸せにはできない。
 創業・起業の準備とは何も資金の調達や経営の勉強だけではない。夢を語り、その夢に共感してくれる者を増やすこともまた大切な準備である、と講師は続けた。創業前にファンを付けておく。ファンはそのままお客様にもなるが、ちょっとした手伝いをしてくれる場合もある。創業間もない頃の不測の事態は避けられない。味方が多くいるのは事業を継続させるためにも重要なことだ、と。
 講師の言葉はそのまま船長の創業と経営に重なる。人手が足りない時ボランティアを買って出る友人が大勢いた。車を出す者、力仕事を引き受ける者、売上や宣伝・口コミに貢献する者が次々と現れた。思えば、N美さんもそうだ。船長の人柄に触れ、一緒に事業を立ち上げたのだ。
 翻って今の私はどうだろう?
 多くの人に助けられてはいる。助けられてはいるが、助けられているだけではないか。
 船長の助けを借りながらイベント(ワークショップ)への準備は進んでいる。しかしそれは船長のクッキーとそのバックボーンがあるから進んでいるだけだ。
 しかも、何も作らない、形のないイベント、ワークショップだ。誰かを幸せにする?果たしてそうだろうか?
 そんな自虐的な思いに至った時、スクリーンのスライドが進んだ。講師の明るい声がスライドに続く。
「店舗が持てない、資金がない。なら、知識を提供するサービスを先にやるのも一つの方法です。自宅で教室内を開いて資金を貯めて、『先生が実店舗を出すんですって!』というファンをそのまま実店舗のお客様にしてしまうのも真っ当な戦略ですよ!」
 自宅開業ではないが私のワークショップが、私の実店舗への布石になる、そんな道筋もあるのか。私の知識や経験が誰かに役に立つのかもしれない。
 私の前に広がるぼんやりとした道が、少しだけはっきりと見え出した。

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