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人生一曲目のクライマックスはどこに【mid90s|感想】

ジョナ・ヒル監督映画『mid90s ミッドナインティーズ』の感想です。ネタバレ含みますのでご注意ください。

 スティーヴィーがスケートボードショップの、ちょっとワルな少年たちに近づきそのグループに入っていく様やその関係性はとても丁寧であり、何かしらこういう経験がある人も多いのではないかと思った。終始ニコニコしている小さなスティーヴィーが可愛くて、みんな可愛がっているけどそれはまだからかいの対象、カースト一番下のちびの状態。そこから<穴を飛び越える>という事件(飛び越えられなかったけど)を経て、みんながぐいっと仲間に入れてくれる。その代わりルーベンとは距離ができてしまうのだが……それがとってもリアル。あ、あと、スティーヴィーがグループの仲間たちと遊んだ後、キチガイのごとくその痕跡を消そうと手を洗いうがいしているシーンめちゃくちゃいいよね。

 煙草を吸い、お酒を飲み、ヤる=大人だぜ!というのがどこでどういう文脈で伝わって来たのかというと、まさにこういうことで。このグループの奴らも誰かの真似をして最初は「いつも吸ってる銘柄と違うな」とか言いながら初めての煙草でむせたりしていたんだろうなと思うと、何をやってるんだろうか私たちはという気持ちになる。なりません?
 この映画の本質とはズレてしまうのだけど、スティーヴィーが大人の階段をのぼる第一歩としてヌードポスターを貼ったりしていたことに対して「男の英才教育はここから始まるのか」とげんなりした。女性は搾取対象・または景品であるという刷り込み(だと私は思ってしまう)は、正直全ての男性にあると思っていて、これが根深いなと常々思っている。スティーヴィーの母親は兄ルーカスの18歳の誕生日の席で「私が18歳のときは貴方に授乳してたのよ、考えられないでしょう」と言っていたのは本当に闇深いなと思った。それは息子たちからしたら気持ち悪い聞きたかねえよという感じだと思うし、その気持ちもわかるのだけど、お母さんの人生を考えると辛い。映画中で父親は出てこないし、母がお付き合いしてるのかセフレなのかなんなのかわからないおじさんとすれ違うシーンや、ルーカスがスティーヴィーに言った「お前が生まれる前は、母さんは男をよく連れ込んでうるさかった」という発言などで、はあ、とため息が出てしまう。スティーヴィーの鬱屈した行き場のない気持ちもさることながら、この兄ルーカスの闇の部分を救ってあげたいなと思ってしまう。

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 意外と兄の方も丁寧に描かれているなと思っていて、彼は暴力的で高圧的なんだけど、すごくそこに理由があって、そんなことをしたいわけではないんだろうなとは感じる。もちろんしてしまっているので、ダメだが……。ルーカスの話を聞くにスティーヴィーとは片方しか血が繋がっていない可能性も高いし、自分のときはネグレクト気味だった可能性もある。信頼できない親と、母から愛されている得体の知れない弟、行き場のない気持ちはどこへ向かったらいいのだろうかと、彼が弟を殴った後キッチンで叫んでるシーンで強く思った。あのシーンすごくいいね。

 みんながレイをカッコよく思うの、すごくわかる。映画がスティーヴィーの視点で撮られているからというのもあるとは思うけど。お母さんと言い合いをした後、一人でいるところにレイが声をかけてスティーヴィーと話すシーン。《みんな自分の人生は最低だって思ってる。でもみんなの方が最低なんだ。それぞれの地獄があって、自分はこういう地獄だけど、あいつの地獄よりはましだ》なんて思いながら均衡を保っている。レイはなんとか自分で切り開く道を見つけてそちらに向かって頑張れているからこそ、周りのメンバーもそうなって欲しいと思っているんだろうな。そしてそれがみんなが彼を眩しいという羨望の正体でもあるとも思う。

 優しくされた経験があるからこそ、優しくできる。ありがとうと言われたことがあるから、スティーヴィーはありがとうというし、ルーベンはうまく発することができない。
 そう思うと悲しい。レイは、ファックシットが自分に声をかけてくれたように、スティーヴィーにも声をかける。だから滑りに行こう、と。レイがかっこいいのは、きっと自分が優しくされたから声をかけることができるっていうことをわかってるからもあると思う。優しすぎるのかもしれないけど。

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 この後の、スケートボードのシーンはまさしく、スティーヴィーの人生で一曲目にかかった音楽のサビの部分だなと思った。
 あ、今この瞬間が人生のサビだなって思うような時が人生にはある。それを大事に生きていけたりするなと思ってる。誰かにとっては大したことない場面でも、自分にとっては大切なシーンで、それが得られるか否かは生きていく上で天地の差がある。すごくいいシーンだった。これを見に来たのねと思った。

 穴の事件の後、ボロボロになったスケボーを見て、レイが新しいものをプレゼントしてくれるシーンも好き。レイが整備してくれる光景をスティーヴィーは忘れられないと思う。レイもきっと、スティーヴィーがスケボーを受け取った時の顔を忘れないだろう。

 前後するけど、フォースグレードもすごくいいキャラクターだった。めちゃくちゃ幸が薄くて無口で、ダサくて優しい。彼が映画の構想を女の子に話しているシーンは爆笑してしまった。最高。
 最初、なんで彼があのグループにいるのか……フォースグレードがなぜこのグループに入ったのかも疑問だし、このグループがフォースグレードを受け入れてるのも疑問だったのだけど映画を見ていくにつれてすごく納得してしまった。このグループには彼が必要だ。彼のセンスのなさが貧困からくる教養の低さなのかどうかだけ知りたいので、どうか人生逆転して欲しい。

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 レイとファックシットの関係も辛いね。どうにか自分の人生について真剣に考えて欲しいとレイは思ってるんだろうけど、そこまで責任持たなくてもいいんだよとレイには言いたくなってしまうな。でもあのラストの事故の後、きっとあのグループは少しずつ変わっていく、それが良い方にいくのかどうかはわからない終わりだったけどきっとどっちでもいいのだと思う。

 同じジュースを2本買ってきて蓋を開けてやり、弟と飲む兄。待合室で事故の原因の不良グループを発見して見つめる母。スティーヴィーを囲むグループのメンバー、フォースグレードが編集した映像を見る。潔い終わりだった。

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 戻るけど、スティーヴィーが酔っ払って帰って来てお兄ちゃんにボコボコにされた後、ゲームのコードで首を締めるシーン。私はあのシーンがあってよかったなと思う。誰も止めてくれないのがいいよね。
 レイとの最高の夜があるのはあのシーンがあるからだと思う。人間は暴力や搾取なしではどうしても生きられない、その大小はあるけれど、それが自分に向く時もあれば人に向く時もある。優しい時間があるからそれが一際酷く見えるのか、逆なのか、私にはまだわからないけれど。

映画を観に行きます