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感謝するということ

どおも。
30日連続も今日をいれて残り6日。達成が見えてきた。

さて、今日は柔術をはじめて「相手」に対する感謝を感じるようになった、って話。

柔術は個人スポーツだけど、「相手」がいて相互関係のあるスポーツだから、「相手」がいないと成り立たない。もちろん1人でできるトレーニングもあるけど、やっぱり上達するためにはトレーニングの段階から相手が必要である。

これまでサッカーとか野球とか、いろんな団体スポーツを経験した。けど、柔術で感じるような「相手に感謝する」って感覚はなかった。もちろんゲーム形式なら練習では両サイドに分かれて自分側と相手側に別れる。1対1とかなら自分と相手で対峙する。でもこの場合の相手側とか相手というのは、基本チームメイトだから「仲間」という感覚だった。

だから「相手」というのは試合の時だけだった。相手をリスペクトする、とかって言うけど、「勝ってやる!」「倒してやる!」っていうのが先。リスペクトしないといけない、というのはわかっているけど、自然と心に湧き出てくる感情ではなくて、どこか頭で理解しているだけだった。

トライアスロンは相互関係のない個人スポーツ。練習仲間はいても、相互関係とか対峙するということはなかった。レースの時も誰かと対峙している、競っているという感覚はなくて、基本はタイムと戦っている感じだったから、レースで他のトライアスリートに対して感謝の気持ちを感じることはほぼなかった。

これまで、何かプレゼントをもらった、助けてもらった。そんな時の感謝は感覚としてピンときていた。けど、生きていることに感謝するとか、対戦相手に感謝するとか。そういう感謝は頭で理解してるけど、ピンと来ていない。そんな感じだった。

で、柔術をやるなかで初めてこの後者の感謝がピンときた。相手は倒すはずの対象なのに感謝が湧き出てくる、という不思議な感じ。でも、この感じってのを団体スポーツでも、トライアスロンのような個人スポーツでも、ビジネスでも、日常でも。どこへ行ってももてると生き方、人生が変わるんじゃないか、と思ったわけ。

相手とか他人がいてくれるからこそ、自分がある。あくまでも自分というのは絶対的に存在しているわけではなくて、相対的に存在させてもらっているもの。周りの人がいてくれるからこそ、自分が自分らしさを感じられるし、周りと違うことをしよう、違った存在になろう、というモチベーションがわいてくる。そう考えるようになったんだよね。

ってことで、今日はこの辺で。

んじゃッ!

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