ep.55 思い出は買取価格プライスレス
思い出にできるほど、受け入れられてなかったのでしょうね。がリフレインしている水曜日。朝ドラ「虎に翼」のせりふです。
自分でもわからない、掴めないもやもやした気持ちを、誰かに言語化してもらったとき。「?」が「!」に変わる瞬間。
心の現在地がわからないときって、沈んだまま八方塞がりになってしまいがち。だから、もやもやをあらわす言語と出会えたときはいつも、ふわっと息ができるところまで引き上げてもらえたような気がします。
こんばんは。たまです。寅ちゃんといっしょに、そんな言葉の力を追体験した1日のはじまりでした。
生活の日記
200円だったんだよ、と切なそうに母が電話してきた。
どうやらMDが聴けるラジカセを、中古家電屋で売ってみたら、買取価格が200円だったそう。買い取られただけましかなあ、なんて話していたけど、母の声に元気はない。
エムディー。響きの時点で懐かしくて悶える。その青いラジカセにMDを入れて、ミスチルを、Queenを、ABBAを聴いたなあ。夕飯のあと、フローリングに寝っ転がって、そのラジカセで音楽を聴くのがすきだった。そっかあ、200円。
思い出に値をつけられているわけでは決してないのに「ハートフルな思い出もあるよう!」「あれはたいせつな家族時間だった!」とか、あれやこれや物申したくなってしまう。
もちろん、MDから離れていったのはわたしたちだ。ラジカセを売ると決めたのも。そうなんだけど、それはそうなんだけどさ…。
そんなふうに拗ねてしょげていた我々一家に、資本主義はさらに追い討ちを畳み掛ける。
今度は、成人式の振袖を買取査定に出したところ、査定額「500円」と通達されたのだ。
ご、ごひゃくえん…。ワンコインだなんて…。トホホすぎる。だって、本人評価額は強気の1万円だった…。ちびまる子ちゃんの作画であれば、今ごろわたしの顔および背景に線が入り、白目を剥いてることだろう…。
「あんたは赤の振袖やと想像しとったけど、その紫がぴったり似合うたねえ」と家族に評判で、こそばゆかった成人式。大学の卒業式には袴と合わせて着付け、無事に迎えた門出(卒業認定ぎりぎりだった)を友と讃えあった。
思い出がプライスレスなのは重々承知なのだ。簡単に消えたりしない。しかし、わたしは悲しい資本主義モンスター。モノへの愛の大きさだけ、価格にも出たらなおうれしかったというのも否めない。
こんなふうにしょげるくらいなら、ラジカセにしても、振袖にしても、せめてもっといい別れ方ができたんじゃないか…と思えてくる。失ってから恋しくなる、罪な女である。
湧き上がってしまった一抹の悔い、今夜の日記に綴ることで、お焚き上げとさせていただきます。
今夜の1曲
玉置浩二 の メロディー を。
思い出も、いっしょにいた時間も、消えたりしないから大丈夫。この歌を口ずさむと、そう背中をさすってもらっている気持ちになる。
さみしくて会いたくてどうしようもない夜のおともに。
わたしの街、明日は猛暑予報です。だけど、屋外に出て行かねばな仕事が予定されていて、今からどぎまぎしています。
お水よく飲んで、塩分もとって、どうにかお互い乗り切りましょうね。えいえいお〜だ。
今日もおつかれさまでした。あなたも、わたしも。