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142. 軋轢の多い家

 「『注文の多い料理店』のあの二人みたいに、一度くしゃくしゃになった紙は戻らない。私たちもそんな感じ。もう元の通りには絶対に戻らない。あの男とはもうまともに接することはできないから」
 実家で宮沢賢治の引用を聞くとは思わなかった。たまげたなぁ。
 あとで調べてみたら、たしかにそんな一節がある。

しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。

宮沢賢治、『注文の多い料理店』、青空文庫より

 もう自分が両親を「お湯に」入れても、美味しいものを食べさせても、遊びに連れ出したりしても、マジで元には戻らないらしい。それはそれで荷が降りるような思いも、するわけあるか。

 二人とも、私にあまり親の顔ばかり見せてはいなかった。地球にその表面しか見せない月のごとく、模範的な親をやれる大人は本当に大したもので、同時に子どもとしてそこまで求めてしまうのは割と酷なことだなと思うことがある。うちの人たちは、元から二人のくたびれた人間として接してくれたので、良くも悪くも諦めがついたように思う。あとは本当に、各々できることを精一杯やっていくしかない。
 もう軋轢の多い家で、丸まった紙の皺を伸ばすこともないのかもしれない。我々は往生際が良い。

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