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115. 映画のこと、家族のこと

 現住居に越してきた時に、段ボールだらけの部屋で椅子を重ねて曲芸を繰り広げ、6灯のペンダントライトを呻吟しながら取り付けた。無傷で済んだのはなかなか運が良かったかもしれない。まあお洒落な部屋ってほら、薄暗いから…。おかげで今鬱病になりかかっている気がする。暗い部屋、良くない。
 夕方あたりいても立ってもいられず、電車に乗ってペットショップに駆け込み、買いもしないインコを手に乗せてもらって暖をとったりした。普通に噛まれた。「おはよう、いらっしゃい、こんにちは」とクソデカいキバタンに背後から時制のない挨拶で話しかけられ、えへへ…と不明瞭な愛想笑いで応じた。人間の方は閉店間際で忙しくしており、その場で最も気にかけてくれたのはおそらくこのキバタンだった。本日の会話、終了。

 少し前にエブエブを観て映画館で涙が止まらなくなり、コンタクトを落とした(その後、この人は泣かんやろ…と思っていた連れに感想を聞こうとしたら普通に泣いててウケた)。移民2世には刺さりすぎる。一つの国、文化に馴染み、家族で生きていくことがどんなに大変か。両親の葛藤を間近で見てきたこともあり、留学や観光をした程度の憧れだけで「早く海外に住みたい、日本は暮らしにくい」と主張する人々にはつい冷たい視線を向けてしまいたくなることがある。見た目で区別がつかない国においても、こんなに大変だったのに。加えて離婚騒ぎに、母娘のバトル。マルチバース戦争版アクロバティック家族会議。分かりすぎる。一方で、「つまらない」という人の気持ちも非常によく分かる。何見せられてるか分からないもんね。私もなんで石を見て泣いていたのか分からない。ただ、「つまらなかった」人々がそれぞれ自分の選ばなかった無数のバース、IFの世界についてどう考えているのか、知りたくなった。「IFの世界を増やさない」ことを教訓としてきた私にとって、エブエブは非常に優しいヒントをくれた。
 ウェイモンド(主人公の気弱で優しい夫)を見た時だけ、フィクションやんけ、と思ってしまった。悲しい。移民、殊に中華系の移民の家庭はだいたいにおいて夫婦関係が劣悪である。なぜかは分からない。離婚。不倫。DV。別居。没交渉。両親の知り合いに、仲の良い夫婦はほぼ皆無であった。
 「男の人は30, 40になると必ず裏切るからね、子供を絶対に産んでおきなさい」
 母からのお達しである。シングルマザーになってでも産めと言う。残念、お家断絶です。絶対に産まない。母の言う通りだとしても、死ぬときはみんな一人じゃんね、と思う。血を分けた子どもだって、敵にも味方にも他人にもなる。他人になってくれるのが一番良いかもね。暗黒ベーグルを生成しながらも対話を諦めず、親をマルチバースの彼方から探し出してくれる娘なんて、そうそういるもんじゃない。大泣きしちゃう。
 私は子供が好きである。生まれてくる時にはどんな役割も負わせたくない。精神面のケアも、経済的な負担も。社会が徹底的に変わり、ベビーカーを蹴るおじさんたちがいなくなり、支援が充実し、教育費が常識的なレベルになり…その頃までには私の生殖能力も失われていることだろう。

 数日後、義務を果たすべく弾丸帰省すると、父の頭が一段と白くなっていて、また涙が出そうになって困った。両親は相変わらず口をきかないが、ベランダは母親が植えた花で溢れ、小さな水槽にメダカが泳いでいた。この家を手放す時には、両親はまた大きな打撃を受けてしまうのだろう。父が働けなくなる前に実家を買い取ってローンを完済したい。果てしない道のりである。

 薄暗い自宅に戻り、今度はレリック-遺物-を観た。アマゾンプライムにやってくるのを心待ちにしていた作品の一つである(近いうちにぜひダークアンドウィケッドも追加していただきたい)。介護のことなどを考えて憂鬱になっており、よせばいいものを、夜中にまた連れと観ていた。
 怖すぎワロタ。確かにR18だ。
 老い、忘却、死の恐怖、寂しさが暗くて寒くてジメジメとした黒い粒になって体を埋め尽くし、皮膚を腐らせる。家族を巻き込んで、怒り、悲しみ、混乱、閉塞感が家全体を激しく歪ませる。後から日系の監督が、認知症の祖母との記憶を元に作品を作ったことを知って納得した。あの湿度と暗さは日本のもので、あの描写の解像度の高さは実体験から出たものなんだ。そうでないと恐ろしすぎる。ラストはマジで最悪の「川の字」の場面なのだが(このテのものがダメな人もいるので説明は割愛)、悲しくなってまた泣きかけた。人の形を保ってなくても、どれだけ凶暴になっても、肉親にあんな風に名前を呼ばれたら置いていけるわけがない。エグいものを見せつけられて情緒がごちゃごちゃするのを感じながら、その表現の凄まじさ、巧みさに感心した。他人にはなかなか薦められないがかなり良い映画だった。
 もう少し日が長くなって精神がシャッキリしてきたら、母親と電話して話を進め、暗くない映画も観よう。親、自分より若くなってくれないかなあ。ボケても、楽しかったことばかり憶えていてほしいな。

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