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秋冬の森は自分と向き合う時間をくれる

このnoteは、自分の内側にある感性を文章化することが目的で、月に1度のペースで更新しようと年始めに決めていた。けれど、春を迎え鳥たちが賑やかになり、足元の植物が華やかに、頭上の木々が勢いを増すにつれ、それができなくなってしまった。

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何度となく筆を執るも、一向にまとまらない。挙句の果てには言葉が全く浮かばなくなった。植物観察が仕事でもありライフワークである私にとって、春夏は確かに忙しい。でも、心や時間に余裕がない訳ではないので、そればかりが要因ではないと感じていた。なぜだろう?心と頭の片隅でずっと気にかけていた。

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そして、初雪の便りが届いた今日、ふと思った。外の雰囲気がこれまでと違い静かになってきた。反対に、春と夏は、動植物のエネルギーが活発に感じる。そうなると、私の内面はソワソワして落ち着かない。光や音、匂い、肌に触れる空気、ありとあらゆる情報が私の意識を自身ではなく外へと向けてしまうのだ。

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そう言えば、子供の頃から、夏の早朝の雰囲気が苦手だった。苦手とは嫌いとか、そこに居たくないとか、悪いイメージのものではない。澄んだ空気の匂いも、爽やかな風も好きなんだけど、とにかく落ち着ちつかない心持ち、という変わった感情だ。林間学校や野外学習などのお泊りの時の早朝は特に、静かなのに賑やかに感じる森にソワソワした。

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今となっては、それは繁殖期の鳥がさかんにさえずっていたから賑やかに感じたのだろう、と説明できるが、それでも私はそうした物理的な情報だけではなく、森全体のエネルギーを感じてソワソワしていたように感じるし、今でもそう感じている。春夏は、センサーが強制的に外に向かってしまう。その力に抗えない。

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だからなのか、秋、そう晩秋が来るとほっとするし落ち着く。

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秋冬の森は、たいそう良い。枯れた葉がカサカサと立てる音、ピリっとした冷たい空気、行き交う人が減った森の道、時折感じる暖かい太陽の光、どれも居心地が良い。

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野鳥は繁殖期ではないので、時々声を上げる程度で、雪が降ればしんとした静けさに包まれる。物理的な情報が減ったというだけでなく、「山眠る」という季語の通り、森から発せられるエネルギーが穏やかに感じる。

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春夏は外に向いていた意識が、秋冬は内へと向かい哲学的になる。色々考えるし、色々感じる。自分が何を感じ、どう考えるのか、どうしたいのか。私はこの秋と冬の期間を経て、自分を再構築しているのかもしれない。

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自分にもそんな節があると感じる人はいないだろうか?そんな人は、ぜひ秋冬の森に出かけて欲しい。何もない(本当は何もなくない)森は、あなたの心を洗い出してくれるだろう。思うまま、感じるまま、そこに居れば良い。

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北海道の色んなエリアで自然観察オタクをしています。 自然の中に身を置いた時に感じる内面的な部分を文章で表現してみました。 気の向くまま、飾らぬままに書き綴るので、個性丸出しになりますが、よろしければお立ち寄りください。 webサイト→www.ng-cocowa.com
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