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凛樹

イチイの葉を一枚摘んで、指先で根元と先端をつまみ、そのまま耳もとで折る。チッという音、これは甲虫の脚を引き抜くときの音と同じ。

袖のパフスリーブを捲りあげて、山吹色のワンピースと生成り色のタブリエを翻して、栗色の少女は庭園を歩いていた。

松の木の向こう側に、雇われ庭師がいるのが見える。小さな頃からいた、住み込みの庭師が死んでから彼がやってきた。彼の仕事は申し分ないけれど、においがよくない。前にいた老いた庭師の手には緑の汁がたっぷり染み込んでいて、撫ぜられるのが好きだったが今いる中年の庭師の手からは松脂と安い煙草のにおいがする。彼に撫ぜられるのは全く不愉快なことだった。

紅い卜伴の影から池の向こうを見遣ると、庭師が王昭君を剪定しているのがみえる。高さ10mほどにもなる王昭君に大きな鋏を入れる庭師を見るなり少女は、足元のナルキッスス・ブルボコディウムと目配せした。

ああ、あの庭師が私の花に振れるとき、私は時々身震いをする。去年の暗い夏、蕗の葉の破れているところを鬼蜘蛛が縫い直しているところを目撃したときのように、不気味の谷を悍ましい感覚が駆け巡る。あの蜘蛛はあたしが触れるとよだれをいっぱいこぼしてあたしの指をべっとりさせて、そのせいでルビー色の蜥蜴のしっぽを切ってしまったから、捕まえてブルーベルにあげちゃったんだわ。

こういったとき、少女は必ずといっていいほど、ちょっとした悪意に目覚めるのだ。少女は庭園を走って離に向かった。古くて建て付けの悪い温室のドアを開ければ、一瞬、埃とじめっとした空気に目を細める。コロニアル調を思わせる調度品が並ぶガラス張りの温室は今はあまり使われておらず、薄汚れている。

少女は8mにも及ぶジャボチカバの大きな鉢によじ登り、素手で土を掘って取り出した――その木が実らせる湿疹のように錆びているフォークを握りしめ、少女はもと来た道を戻ってゆく…

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