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持続と再現:ふたつの可能性へ向かう建築 ──自主ゼミ 「社会変革としての建築に向けて」レポート 福留愛

建築家・連勇太朗が、ゲスト講師を訪ね、執筆中のテキストを題材に議論する自主ゼミ 「社会変革としての建築に向けて」
2021年9月13日に行われた第3回、山道拓人・千葉元生・西川日満里(ツバメアーキテクツ)との議論のレポートです。
執筆者は、横浜国立大学大学院 Y-GSAを修了し、iii architectsとして活動している福留愛。


自主ゼミ第3回は、連とツバメアーキテクツの山道拓人、千葉元生、西川日満里による議論が「BONUS TRACK」にて行われた。「BONUS TRACK」は、小田急線が地下化された際に生まれた下北沢駅南西側の線路跡地に建つ商業施設で、鉄道会社が住民や利用者に一方的にサービスを提供する関係から、相互がサポートし合う関係へと移行することによって、資本が最優先される産業主義的な開発を脱却しようという試みである。具体的には、個人が商いを持続的に構えやすくするため、一区画10坪(住居5坪、店舗5坪)の兼用住宅がつくられている。オーナー(小田急電鉄)と設計者(ツバメアーキテクツ)と運営会社(散歩社)が手を取り合うことで、入居者による自治的な運営が可能になり、個性豊かなテナントが集まっている。
私自身、「BONUS TRACK」を訪れたのは三度目で、一度目は本屋を訪ねに冬が終わる頃の平日に、二度目は少し暖かくなった春先の日曜日、三度目は今回の議論の聞き役として平日の夜に。いつ訪れても外にまばらに置かれている家具は、どこの店舗の所有か曖昧になっているからか、少しの滞在でも自然と腰掛けてしまう。多くのテナントを入れるために最大の床面積をとるような商業施設とはまったく異なり、分棟の建物の間を縫うように道が通り、散在する植物や家具などの物の溢れ出しや、現しの内装によってデザインの緊張感から建築が解かれ、運用していく人や訪れる人が主体的に場をつくっていけるような、やわらかい雰囲気に包まれている。
現在、レンタルスペースとして「PARK」「GALLERY」「HOUSE」の3つのエリアが貸し出されており、今回の会場になった「HOUSE」と呼ばれる建物はレンタルスペースとして一般利用できる。夜になっても賑わう1階や近隣住宅の人の活動を遠くに感じながら、心地よい風の通る大きな窓のある部屋で、四者の議論が始まった。

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「BONUS TRACK」 設計:ツバメアーキテクツ、2020年
撮影:富井雄太郎

社会変革のための建築とは ──ツバメアーキテクツの実践

連は執筆中のテキストのなかで「建築と社会変革の3つの類型」として、A「Architecture of Social Innovation (社会変革の建築)」、B「Architecture for Social Innovation (社会変革のための建築)」、C「Architecture as/in Social Innovation(社会変革としての建築)」を挙げている。議論は、ツバメアーキテクツの実践がBに当てはまるのではないかという仮説から始まった。
まず、A「Architecture of Social Innovation (社会変革の建築)」は、例えば省エネ住宅や高気密高断熱住宅のように、国などによる制度があることで、補助金や助成金をはじめとした経済的補助と結びつきやすい性質を持ち、「公的」枠組みがセットで必要になる。
それに対して、B「Architecture for Social Innovation (社会変革のための建築)」は、公的制度の外側で発生するボトムアップの力による社会変革に貢献する建築のあり方である。社会変革の力を空間化することに特徴があり、「BONUS TRACK」のように、イノベーターや社会起業家と呼ばれる主体と協働し伴走することで社会変革のための建築が生まれる事例が挙げられる。
ツバメアーキテクツが社会変革を試みる主体と協働することが可能になったのは、事務所内にある「デザイン(建物の設計)」と「ラボ(建物の背後にある方向性を定めるもの)」の存在が大きい。この二部門の活動を往復し、ひとつのプロジェクト、ひとつの場所に対して関わるタイミングを増やすことで、ある地域のなかに日本社会全体が抱えている問題があぶり出されてくるという。デザインとラボの往復は建築が竣工するまでだけではなく、その後も続き、「BONUS TRACK」は現在三往復目だそうだ。建築の完成後、雨が降る日や日差しの強い日に入居者が中庭にタープをかけたり、多くの植栽を世話する地域の園芸部ができたりなど、この建築をどう使っていくか、専門家だけはなく入居者や地域の人々までもが当事者として運営に関わっている。どこを改善すべきかをみんなで考えていくことで、空間自体からのフィードバックを目論む姿勢は、建築を介して広がっていく人々の多様さに興味があるツバメアーキテクツ独自の姿勢ともいえる。
一方、C「Architecture as/in Social Innovation(社会変革としての建築)」は、建築的実践そのものが、社会変革の手段になるというあり方である。建築物や空間を課題解決のために積極的に活用するためには、それが生産される上位のサービスや仕組みを含めた包括的なデザイン、建築物や空間だけではなく「枠組み」全体のデザインが必要となる。連が代表を務めるモクチン企画の「モクチンレシピ」は築古賃貸物件の改修アイディアを軸に、空室対策や不動産活用を実現していく。通常のクライアントワークとは異なり、プラットフォームをつくることで様々な敷地や条件下での再現を可能にしている。

それぞれの方法論 ──持続と再現

議論が進むにつれ、実践における課題が言語化され、ツバメアーキテクツの実践が位置付けられたB「Architecture for Social Innovation (社会変革のための建築)」と、連の実践であるC「Architecture as/in Social Innovation(社会変革としての建築)」の違いがはっきりと見えてきた。
Bは、単体の建物をつくるとき、敷地内だけで考えるのではなく、背後にあるシステムやネットワークに自覚的になることで、それをどこまで変えたり再構成できるかが重要になる。そうすると、建築家が立ち向かう問題が、都市的な位置付けから運営のことまで多岐に渡るため、システムやネットワークを組み換える手つきと提案する建築空間の妥当性が説明の範囲を超えてしまう。ゆえに、どのように評価して良いかわからない領域にある。また、クライアントや運営者の状況が変わってしまえば、プロジェクトのヴィジョンが矮小化してしまうという従属性への懸念も指摘される。
同じような手法を別敷地で展開することの難しさが議論されたが、ツバメアーキテクツは敷地ごとの条件に意識的であり、別の場所で再現するより先に、まずはその場所を“持続“させることに興味があるように思えた。つまりBは、主体と協働し建築を建てるだけではなく、主体とどこまで併走して、建築家が関わらなくても育っていくような場所を耕せるかが重要になるのだろう。
それに対して、Cは構想の時点である程度の広がりを保証し、他の敷地・条件でも”再現”可能な枠組みを示す実践だといえる。しかし、問題設定した地域や用途、「モクチンレシピ」の場合だと木造賃貸アパートなど、対象が限定されることが課題になる。

建築家としての希望 ──再現を繰り返すことで持続可能になること

私が修了した横浜国立大学大学院 Y-GSAは、建築の単体のデザインだけでなく、リサーチを通して社会の構造を組み替える、社会変革的な建築が求められた。2年間で4つのスタジオを履修し、スタジオごとに自分で課題設定をし、その街に対して建築の設計を行う。例えば、妹島和世スタジオではオーストリアのレッヒ(Lech)というスキーリゾートを敷地として、スキーのシーズンにだけ人が集まり、夏は閑散とするような街を豊かにする建築を提案する課題が出された。
レッヒの建物の8割はホテルで構成され、現地調査の間4つ星ホテルに宿泊し、豪華な食事をしたり窓からスキーヤーが見える部屋での生活を経験した。その経験のなかで、アルプスに建つホテルそのものが持っている豊かさが、街に住むリアリティに繋がっていないと感じた。リゾート地が住む場所として愛着を持たれる方法はあるのかを考えていく一方で、闇雲に巨大な公共建築や集合住宅をつくるのは、街を埋め尽くすホテルのリアリティを無視しているようで気が引けた。
文献を読み進めていくと、アルプスのリゾート地では3つ星以下のホテルの宿泊者数減少により高級化志向にあり、ランク指針に則ってサービスや設備を整えることで、ランクの低いホテルが5つ星を目指していることがわかってきた。ホテル界のランク指針は点数表になっていて、ドアマンがいるかなどのサービス要素から、スパや図書室があるかなどの建築要素まで様々ある。

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左:現在のホテルランク、右:未来のホテルランク

そこで、サービスや設備を増やし個で高級化していくのを避けるために、複数のホテルを結合しひとつのホテルとして経営していくことを提案した。スパやライブラリーなどの建築的な要素を近くのホテルと共有することで、ホテルの経営は安定し、滞在がひとつの建物内で完結せず外部環境を取り込んだものになる。また、スパやレストラン、図書室やギャラリーなどの空間が、街の人も気軽に使えるものになるよう、ホテル同士は廊下で繋ぎ、それが街の動線にもなるように設計した。ホテルのためにつくったものが、いつのまにか街に住む人のためのものにもなる。

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提案した3つの敷地のホテル。
敷地ごとにホテル同士を繋ぐ廊下の形状は変わる。

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街全体で再現が繰り返される。

思い返せば、妹島スタジオだけでなく4つのスタジオ共通して、街全体が持つ社会的な問題に対して建築を提案し、その建築の形式が街で何度も再現されることで、街全体が更新され持続可能になるようなことを考えていた。Lechのホテルが廊下で繋がっていくことで、ホテルの1階にある豊かな機能が街に開かれ、住むためのまちに更新されるように。
修了後の実務では、敷地が与えられ、再現可能な形式を見つけたとしても別敷地への展開は難しいとある種諦めていたのだが、連のテキストやこの自主ゼミを通して希望を得られたような感覚がある。建築をつくるうえで、それが別敷地において別のかたちで再現されること、またその建築が長く使われていくこと、持続していくことは建築家としての希望である。一方で、必ずしも同じ建築家が再現する必要はないとも思う。ひとりの建築家がすべてをつくりかえるというより、時間をかけて他者に真似されていく建築はつくれないか、興味がある。また、システムの新しさに加えて、建築の新しさも同時に生まれるようなことを目指したい。それらはたとえシステムが機能しなくなっても、建築が別のシステムを受け入れたり、新しいシステムを生み出すようなおおらかさと強さのあるものだといいなと思う。

持続と再現 ──ふたつの可能性へ向かう建築

今回の議論を通して、「モクチンレシピ」によって木造賃貸アパートを積極的に活用できるという、建築の再現性を意識する連の姿勢と、建築家が関わらなくても育っていくような場所になるまで関わり続け、持続性を意識するツバメアーキテクツという、両者それぞれの現在の関心と志向性が見えてきた。連の実践は”再現”可能なことで、数多くの物件を救うことができるかもしれない。そしてツバメアーキテクツの実践は”持続”可能性を与えることで、長くその場所が使われていくかもしれない。
BとCという異なる類型に位置付けられた両者だが、最近ではそれぞれの類型の横断を始めている。例えば「モクチンレシピ」だと対象が木造賃貸アパートに限られるという課題から、連は今、モクチン企画の改組を予定していて、Cに当たる「モクチンレシピ」に加えて、例えば団地の再生レシピをつくることや、地域の空き家を改修することなど、Bの実践も始めている。Bの実践を学ぶことで、Cに対する見方も変わっていくという。
連がCからBへのルートをつくったように、ツバメアーキテクツもいずれはBからCへのルートをつくり、理論を主体的に発信していく必要があると話す。その理論は、様々なタイポロジーに立ち向かう現在の実践の末、社会構造が生み出した問題を取り扱う理論である。表現や空間の美しさということ以外のレイヤーで応用編が多く示されることで、似た状況に直面している人々が辞書的に使い、別の敷地や条件のもと再現されていくだろう。
そして、両者がこの先、再現と持続というふたつの可能性に向かい続けるなかで、建築家以外の人間との協働は必須となるだろう。あるプロジェクトが語られるとき、建築家の名前だけではなく、多くの人間の名前が代表となり、建築空間の素晴らしさと同時に新しいシステムが生まれ、日本全体に共通する社会問題への一手を打つような建築の普遍性を持ち、長く愛される建築が現れる未来を想像する。


福留愛(ふくどめ・あい)
1995年鹿児島県生まれ。2021年横浜国立大学大学院 Y-GSA修了。現在、iii architectsで建築の設計。デザイン・建築・都市に関わる研究者・実践者によるメディアプロジェクト「メニカン」共同主宰。





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