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【歌謡ノベルズ】宿無し







今まで何度お前に熱いキッスを贈っただろう。
この熱くて厚いオイラの唇で。
熱い吐息を吐くたびに、何かを欲しがるように開いていんだ。お前の乾いたあの愛しい唇が。
だって、お前はこの厚い唇が好きだ、って言った。薄いのはダメなんだ、って言った。理由を聞いたら意外だった。
「見た目より実益。」
何のこっちゃ!?
サザエさんに出てくる穴子さんみたいな厚目好き。女ってわかんねーな。見た目はマスオさんで実益は穴子さん!?
見た目はいいんだ、薄い唇は。スッキリしてるし、白い歯が輝いて見える。だけどだ、接触面は少ないよな。だからさ、熱いキッスで唇奪っちまうぜ、ベイべー。って感じがないんだな。ぺちゃぺちゃ蛇が舌出してるみたいな感覚なんだってよ。ちょっとジョーカーみたいな感じでさ、不気味なんだと。
その点、厚い唇だと吸引力は抜群だもな。ちょっと気持ち入り過ぎちゃって、細い首筋きゅーっと何ヶ所か吸い付いちまうとさ、みるみるうちにうっ血状態でキスマークの嵐。そのままもっとー、とか言われちゃって調子に乗って耳たぶに吸い付くわ、まぶたに吸い付くわで顔中殴られ続けたボクサーみたいにアザだらけになっちゃってさ。もう後戻りできないぐらい昇りつめちゃうから唇だってベロベロよ。

おフランスのゲンズブールさんが歌ってたよな。いかにも下心丸出しの、妙〜に琴線をまさぐるラテンのパーカッションで始まる『口唇からよだれ』って曲。こっちはゴロワーズ吸いながらだけどね。この人はね、オイラが思うに、唇フェチ。このパーカッションに合わせて近寄ってくる白い美脚を眺めて、お願い、お願いって祈りながら、ただ静ーかに女が近寄ってくるのをベッドの上で待ってるんだけど、そんなの見てるとドキドキしちゃって、下唇の端っこだけをちょこっと噛んでる赤い唇をじーっと見て、よだれが滴るぐらい欲情してきちゃうっていう男の歌。『口唇からよじれ』っていうやつだな。コイツもよじれ隊だよ。

それでさ、あれ、流行りの口紅でまた飾られたなー、って気がついたら、もう遅いんだよ。あ、こりゃ新しい恋拾ったんだな、ってわかっちゃうとこが悲しいんだけど。そしたら、今度は幸せに暮らしなよ、って言うしかねーだろ。未練がましく金魚の尻尾みたいにくっついている訳にもいかないしな。あれ!? 金魚の尾ヒレ? そりゃあ目からウロコだろ。いや、ちゃんと見えてないんじゃないの!? 目にウロコあったんじゃ。

ま、わかんなくもないよな。
元々『マッハGo Go Go 』のナンバープレートも付いてないのに日常堂々と公道走っちゃうマッハ号とかさ、『サーキットの狼』のダンプの荷台からジャンプ決めても無傷なロータス・ヨーロッパとかが好きだったんだよね。あ、もちろんボデーラインに決まってるだろ! こう、ちょうど手の平に納まりそうなバストから、きゅっと抱き寄せるのには良さそうなウエスト、そんでヒップラインから太腿にかけては結構弾力がありそうで撫で上げ甲斐のあるカンジ、ってーの! いやいやだからあくまでも車のボデーラインね。自分が乗りたい車のラインが好きな女のラインと重なるのか、好きな女のラインだから乗りたい車のラインに見えてくるのか、そこんとこはややビミョーなんだけどさ。ま、でも手に届きやすいって意味では小粒なユーノスロードスターのちょっと懐かしい、おメメぱっちりリトラクタブルライトかな。それとも、もっと言っちゃってもいい!? いいんなら言っちゃうけど、コルベットのスティングレーなんか? でもこれだとどうしたってすらっと美脚の金髪美女。ってカンジだもんなー。なかなか手が出せないだろ。穴子さんには。

どうせオイラは宿無しだからさ。何処でも睡魔さえ襲ってくれば、ふっと寝落ちできる特技の持ち主なのよ。いんだよ、別に。だけどなー、これじゃ、お前には温かなぬくもりもやれやしないぜ。わかっちゃいるけど諦めきれない。いつものように思い余って、この馬鹿力だけが取り柄のオイラの腕で、息もできない程キツく抱きしめてもさ、もう、お前は上の空だったよな。


いつになく気障なセリフが多いのは、ジン・ビームと野菜フライのせいなのか。その野菜フライかじりながら、ふと気がついたんだけどさ、髪の毛の色も少し変わったな。オイラはちょっと赤味がかった軽く流れるカンジの茶髪好きなんだけど、黒っぽいんだよ、なんとなく。もしかして、それがアイツの好みなのかい? それがさ、またよく似合っちゃってるんだよな。肌が陶器みたいに白いからね。すべすべしててさ。思わずツマミたくなっちゃうんだよ。弾力のあるツマミ心地なんだよ。それもよだれ垂れそうになっちゃうんだけどな。あ、オイラもよじれ隊かっ。隊員番号はまだ頂けてないんだけどね。そんでそこに真っ赤な口紅。もちろん流行りの。あれっ!?ってーことはコレが新しい恋拾っちゃったサインかよっ! 

今さらこの世界No.1を誇るバーボンガブガブいっちゃいながらさ、ふとお前に目を向けるとさ、バーボンのせいかどーかはわかんないけど、かわいいオンナになってゆくんだなー、これが。目なんかキラッキラしちゃっててさ、オイラなんかにはここ暫く見せたことなんかないような色っぽさで、火照ってるのがわかっちゃうんだよな。もう隠せないんだよ。そこまで来ると。お前、それ程アイツに惚れてるのかいっ!?ってんだよ! かわいさ余って憎さ100倍だろ。

だけどな、オイラは宿無し。ここに居させて貰えたって、暖かなぬくもりもやれやしない。でもお前にご奉仕さしあげてたからだっつーの。
朝は、三助やらして頂きますって、一緒にシャワーで白い肌磨きのお手伝いであはん♥だろ、その後は毎朝目玉焼き作ってもらう代わりに皿洗いだ。爪まで抜かりなくキレイにしてっから皿なんか洗ったら台無しになっちまうからな。免許はあるけど自分じゃ運転しない、ってのがポリシーみたいだから、駅まで車でお見送り。昼間は雀荘にでも行って時間潰しながら、近所のバアさんのお相手してりゃあ、アンタかわいいねー、なんて少しは小遣いも出たりするんだョ。その後また駅までお出迎え。夜は夜でマッサージでもいたしやす、って言いながらあっちこっちツマんでよじれ隊であはん♥だろ。たっぷりご奉仕してやんなくちゃあ寝られない、っとーきたもんだ! 
仕方ねーからキツく抱きしめても、アイツのことでも考えてんのかよ。自分の爪見つめながら、お前は上の空、だっつーの。





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セルジュ・ゲンズブール 『口びるからよだれ』(1978)


映画 『口びるからよだれ』(1959)


アニメ『マッハGOGOGO』(1967)

映画 『サーキットの狼』(1977)






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