パリさんぽ! #31 〜 ノスタルジック・ポルナレフ 『姐さんの奇妙な冒険』
娘ちゃんしかいない姐さんは、来年辰年の年男である時計屋さんの同僚、Kちゃんを時々息子ちゃんのようだな、なんて感じる時もある。
そのKちゃんが、先日アメリカ人観光客と些細な英単語の使い方でトラ🐯ぶった時も、既に就業時間を終えていた彼の代わりに、姐さんがそのお客のお相手。
それはそれは恐ろしい映画のワンシーンを見ているようだったけれど、その逆上している表情を見て、反対にこちらは冷静に相手の表情を観察し、
「こういうのを写真に撮っておくと報道写真になるんだろうなぁ。」
などど、場違いな瞑想に。
はたまたお客待ちの合間には、お互いアジア系なので(Kちゃんは中華系)料理や酒の話で暇つぶし、あとは覚えたMANGAニホンゴをブラッシュアップ。
時々、イヤなお客に当たるとカタコトで、
「アイチュ、ムカチュクぜぃ。」
などと言われ🤭となる姐さん。
そんなKちゃんに、
「姐さん、今日ポルナレフのスペクタクル見に行くのよ。」
と言うと、
「🤔ポルナレフ?」
「知らない?ミッシェル・ポルナレフってフレンチ・ポップスの歌手。」
「ミッシェル?
ジャン・ポールなら知ってるよ。」
とKちゃんスマホで検索ちゅー。
⇒と思ったアナタ!
おハズカシながら、50UPですね?
⇒と思ったアナタ!
『シェリーに口づけ』(1972)を知らない若造よ。
こちらは1979年の日本のテレビ番組出演のレアな映像。
かつて、姐さんが通っていた大阪なんばのダンスレッスンでもこの曲はレパートリーに入っておりました🙈
この曲、日本で大変な人気!
かつて『空に太陽がある限り』の大ヒットで知られる元イケメン、にしきのあきらによる日本語バージョンも。
そして更に、『まちぶせ』の大ヒットで知られる元アイドル、石川ひとみによるボサッとした...いいえ、あはん♥なボサノヴァバージョンも。
なんと!👙なサービスショットも満載ですので、50UPのオジサマ方はコチラも↓↓必見ですん。
と、盛り上がっているのはニッポン🎌だけでなく。
おフランスでも『奇妙な』展開に。
「なんやこのジジイ! 幾つやねん。」
Google先生の回答は?
「78歳😱 今年ツアーがあるんやと!?」
そりゃ姐さんも知らなかったぜぃ。
しかしそれは朗報じゃ。
ジジイもまだまだ元気な証拠。
ちなみに家にて。
目の前にいた娘ちゃんに、
「ジョジョ、って知ってる?」
「今、見てるけど。」
「😱」
「ポルナレフってのがいるんでしょ?」
しかし答えは同じであった。
「うん。ジャン・ポール・ポルナレフ(声マネしながら)って言うの。」
「ハイハイ。じゃあ、そのヒトの声って聞ける?ポルナレフ本人が吹き替えてるらしいから。」
「え、でもニホンゴで見てるけど。」
「😶ミッシェル・ポルナレフ本人の声で聞きたいな。」
「え、ダレそれ?」
「😱」
頼むぜぃ! 若造よ。
未来は君らの手の中じゃ。
いかんよ、このままジジイを葬り去っては。
ちなみにアニメに疎い姐さんがチェックしたところ、仏版吹き替えはミッシェル・ポルナレフではなかったですよ!
ハイ! 前置きだけで記事が一つ終わっちゃいそうですが、実はここからがモノホンですっ。
〈今日のMAP〉
場所は、オペラ座から大通りを東へ10分ほど。
メトロ8、9番線の「Grand Boulevard」を出てすぐ。
赤い入口が目印、『Le Palace(ル・パラス)』。
ここも歴史は長い。
1912年に映画館としてオープン。
ちなみにフランスで一番初めの映画を見せたのが、「映画の父」と呼ばれるリュミエール兄弟。オペラ座すぐそばのホテル・スクリブ内のカフェにて。
「迫りくる列車を前に観客が慌てて逃げ出した」という逸話はとても有名。
この界隈、今でも大きく歴史のある映画館が集まっています。
1920年代は、ミュージックホールとして。
戦争を挟み、一時閉鎖状態が続いていたところ、徐々に回復、常にアングラ・カルチャーをリード。
1970年代には、KENZO、ラガーフェルド等も集まるオサレなナイトクラブに。
1978年には歴史的建造物に指定されております。
1979年にはかのゲンズブール氏の18年ぶりのカムバックライブ。(録音盤有り)
1978年からデスコへと変換し、ミック、ウォーホル、サンローラン等も顔出し。
1980年代は、テクノハウスとしても知られ、ゴルチエや、ルブタン、シャンタル・トーマス等も来店。
1996年に経済的理由から閉鎖。
姐さんはその前の年に、毎週金曜になるとこのル・パラスのデスコで踊らせていただきました。
毎週金曜が待ち遠しくてですねぇ。
夜10時ぐらいになると、色んな国出身の学友達と街へ繰り出し12時までには入店。そう言えばあの頃ハウス系が結構多く、夜中呑んで踊って明け方店を出て、近くのカフェで一番メトロを待ちながら熱いカフェ・オ・レをいただく。
閉鎖されたときはガッカリでしたね〜...。
『ノンノン人形』
Poupée qui fait non (1966)
『ラブ・ミー・プリーズ・ラブ・ミー』
Love me please love me (1966)
恐らく、姐さんの最も好きな彼の曲。
『愚か者の舞踏会』
Le bal des laze (1968)
『さよなら、マリールー』
Goodbye Marylou (1989)
『愛の休日』
Holiday (1972)
『みんなで天国に行こう』
On n'ira tous au paradis (1972)
『旅立ち』
Voyage (1971)
『フランスへの手紙』
Lettre à France (1978)
壮大なスペクタクルの後は、お腹も空いたので目の前の昔ながらのビストロ『シャルティエ』へでも、と思いきや見ると、長蛇の列!
ここは予約が入れられないので、直接来るべし。
ただし18〜19時頃の早目がオススメ。
それでは乾杯🍻
チンチン!
驚くなかれ、オサレなおフランスでは、みんなこう言って乾杯するのでございますん♥
いやん♥
本日の奇妙な冒険。
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