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さよならガーデン


書き始めたのが随分前のことだから、どうしてこの題にしたのかもう思い出せない。けれど、何となく今でも気に入っている。


内見で良いことと悪いことが一つずつあった。良いことは東京を少しだけ好きになれたこと。東京のビルの多さに自然の物足りなさを感じていたけれど、ビルが多い分それぞれに木漏れ日が映る。カラフルな看板のお店のビルに映る木漏れ日、清楚でシンプルなオフィスビルに映る木漏れ日、少しだけあたたかみのあるオフホワイトに映る木漏れ日、それぞれがそれぞれなりの軽やかさと美しさを持っていて、見ていて飽きないなと思った。
悪いことは犬の病気が発覚したこと。内見に同行するため大阪から来てくれた家族から伝えられたその事実は私にとってこの世の終わりくらい暗いニュースで、内見どころでなくなってその場で泣き崩れる寸前だった。一言一言発する度に涙が溢れそうだった。春の定期健康診断で発覚したらしく、心臓に雑音がある、とのことだった。心臓病になってからも平均六年は生きるらしいけれど、やっぱりもうそんな年齢なんだなあと思って、悲しくなって。生きている限り必ず終わりが来るものだけれど、もっと一緒に居たいから明確にならないでほしかった。なんで東京に来てしまったんだろう、この二週間で一番そう思った。お別れする時は絶対にそばにいるって決めてるから、だからまだ生きてね、お願いだからね、お姉ちゃんと約束、おねがい




内見はとりあえず一日予約で、五軒回ったけれど残念ながら一日では決まらなかった。アコースティックギターを弾ける物件が予算と入居予定日を掛け合わせると全然無くて。いくら家賃補助が出るとしても十ニ万の家をポンと借りられるほど東京は甘くないだろう、と姉と母に再三言われて再考することになった。
「私は二十軒回ったから大丈夫」と姉は言う。初めての物件探しな上に不動産屋さんから明らかに言いくるめられそうな浮ついた私を見かねて姉が終始テキパキと話を進めてくれた。
泊まりがけでこちらにきてくれた二人の提案で日曜日は別の不動産に行った。職場から遠いけれどなかなか良い物件が見つかった。ただ専売契約かもしれなくて法人契約の私には難しそうだった。今週で決め切らないと寮の退去日までに引っ越しが難しくなる、部屋探しってもっとワクワクするものだと思っていたのに、見つからなさすぎてどんどんメンタルと体力が削られる。

部屋は決まらなかったけれど数週間ぶりに家族に会って少しだけホッとした。買える時も「今日の夜ご飯と明日の朝ごはん買って帰り」と母に言われて、最初は遠慮したけれど姉に「ママも買ってあげたいやろうからなんか選び」とこっそり耳打ちされて東京駅で高いフルーツサンドを買ってもらった。ずっと甘えるのが下手で、優しくされるといつも泣きたくなってしまう。通帳や年金の書類など、大事な書類をまとめたものの中にまたお金の入った袋がひっそりと身を潜めていて自分が情けなくなったけれど、ここで自分を情けなく思うのも正解じゃないんだろうな、と思う。

東京駅で別れた後、寮に帰るため乗る電車の中で上京した日のことを思い出していた。同じ線、同じような時間帯、あの時は一つ一つ呼ばれても知らない駅しかなかった。今はそれが私の通勤電車だ。

私も少しは成長していますか。誰かに、誰にでも胸を張って生きていけるような、自慢になれるような、そんな人間に、なりたいのかな、わからないけれど、



随分更新していなかったうちに家がなんとか決まった。部屋番号が大好きな彼の記念すべき日で、それがとてもとても嬉しかった。妥協はしたけれど部屋番号一つで上機嫌になれる私もつくづく変だなと思う。
二週にわたって内見をしたけれど、二週目も母と姉が来てくれて。情けないなと思いつつ、実際二人に見えている通りぼんやりしているから仕方ない。もう少ししっかりして安心させたい。


徐々に、少しずつだけれど日々が楽しくなっている、気がする。部署の先輩はまだ研修中の私でもよく飲みに誘ってくれるし、仲良くなった友人と話すのも楽しい。心は少しずつ前を向いていく。明日も明後日も、同じように電車に揺られる。それで良い。それが私の人生なら、きっとそれが良い。


忙しないなりにそこそこの満たされ具合のせいでnoteが書けない、物書きをするにはもう少し落ち込むくらいが良いのだけれど、それはまたいつか。



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