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【祖父と原爆 15】 星明かりのおにぎり

何回かに分けて投稿していきますが、以下ご容赦くださいませ。
・祖父の手記をそのまま転載するため真否の確認ができない箇所があること
・痛ましい記述が続きます。苦手な方はご遠慮ください
・今は使わない表現が出てくるかもしれませんが、祖父の言葉のまま記載しようと思います

 僕らの救援列車が畑の中に停車した時、助かる望みで集まって来た負傷者の中には畔道で永遠の旅路につき横たわったまま動かない死者が多かったことが哀れでならなかった。
 僕も多くの死骸を横目で見ながら傷の痛みに耐え、渾身の力を振り絞って汽車の方へと心は急ぐも、暗い星明かりのもと畔道をぬいぬい、動かなくなった死骸を避けながらの道行きで遅々として進まなかった。

 やっとの思いで汽車まで来てみると線路脇からデッキまでの高さがあまりにも高く、デッキになかなか足が届かなかった。自力でやっとの思いで汽車に乗り込むことが出来たとき、僕は助かることが出来たという実感で胸はいっぱいとなり言葉にならなかった。
 僕の足は直接デッキに届かず、両手は火傷で動かないのに、どうして乗ったのか。夢中で覚えていないのであった。

 車内は非常燈もなく真っ暗で外の闇を透かし手探りでやっと座席を探し当て、幸いに一ノ瀬君と向かい合って座ることができた。腰を下ろし、心も落ち着き余裕もできたので周囲を見渡すと、異様な匂いと怪我人の低いうめき声に満ちた異常な雰囲気に気がついた。
 乗客全員から出る人間の皮膚が焼けた何とも言えない匂いが充満し、傷の痛みを一生懸命に耐えている人々の微かなうめき声が、かすかに泣いている人達の発する哀れなもの悲しさが、狭い車内を満たしていた。
 席に座っても火傷の痛みはやわらぐどころか、助かるという気持ちの緩みも手伝ってか益々大きくなるように感じられた。また両手を胸より下におろすと両腕の痛みは倍加し早鐘をたたいて激しくなったが、腕を組むと傷に当たりそれも出来ず、やむをえず両手を胸の前か頭の上に置き、痛みをやわらげるのに必死の苦労をしていた。

 苦痛で時間の観念は無かったが、僕達が乗車してから相当時間のたったころ汽車はゆっくりと来た方向に動き出した。座席は少し空いているのが車内の暗闇から外の星明かりを透かして感じられた。

 だいぶ走って汽車は小さな駅に停車したが駅名は暗くて分からず車内放送も無く、自分の痛みに耐えるのが先で無理に駅名を知ろうという気にもならず不安な時を相当待たされた。
 遠くでマイクで叫ぶ声がして間もなく入口の戸が開いた。
「御飯のたきだしだよ」と聞いて初めて僕は、朝食後から夜になる今まで何も食べていないのに気付いた。気付いた途端に空腹な腹は遠慮会釈なくグウグウと鳴りだした。傷の痛みに耐えながら朝から今まで17・8時間も空腹に気付かずに方々をさまよい歩いていたのである。

 おにぎりを貰った時の嬉しかったこと、夢中でかじりつこうとして驚いた。口を大きく開けようとしたが開かないではないか。触れると痛みが倍加するので長い間顔に触っていなかったが、その間に顔は腫れ上がり、口はほんの少ししか開かなくなっていたのである。 しかし空腹には勝てず、おにぎりの一つを膝の間に置き、指の痛さをこらえ握飯から二・三粒むしっては口に持ってゆき小指で押し込み、数粒むしっては口に持ってゆき小指で口に押し込むことを繰り返し行って、空っぽの腹を一生懸命に満たそうとした。

 真っ暗な中で握飯をむしるたびに、傷の痛さで動きが鈍くなっている指の間からは飯粒がぼろぼろと膝から床の上に落ちるありさまだった。一生懸命時間をかけて一粒数粒と丁寧に口に入れて食べたつもりであったが、暗い中手探りで食べたのでいつの間にか床は御飯粒だらけとなり、腹立たしくもあるがどうすることも出来ない自分にいらだちを感じた。

 実際に口に入ったのは半分位であったかと思う。朝から今まで何も食べていない若い僕の空腹を満たすにはほど遠かった。床に落ちている飯粒が恨めしく、取って食べようかと幾度となく思ったが、あさましさが先にたち諦め、それでも膝や座席の上に落ちているのを手探りで探し一粒一粒と丁寧に拾って食べた。

 傷の痛みと空腹を満たすのに精一杯で、他の人達がどのようにして食べていたか車内は真っ暗でわからなかった。食べ終わってから口が開かないほど腫れ上がった傷跡が気になり、真っ暗のなか手先の勘で顔にそっと触れてみて驚いた。
 目は横に細長く微かに開いているが、その周りは鼻の高さになり凹凸がなく丸っこく脹れ上がっていた。鼻は触った感覚がなく、口は突出しておちょぼ口となっており、右耳は2cm位の厚さになって肩まで垂直に垂れ下がって腫れ上がっていた。

 機械油を塗っていた僕の顔は、乾いてかさかさになり腫れて感覚が少なく、これが自分の顔かと思うと恐ろしくなった。しかし痛さが先にたち顔の輪郭を考える余裕は短く、すぐ忘れてしまった。

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