風を聴く象

僕に続いて、雨が降ってばかりの季節が生まれました

風を聴く象

僕に続いて、雨が降ってばかりの季節が生まれました

最近の記事

過去の記事の振り返り①

2022年末或いは2023年初に書いたであろう以下の記事を読み直すと、かつて私が考えた抱負の中でおそらく最も大切な抱負が書かれていた。 2023年という謎の(聖なる/正なる)区切りが同様に謎の(略)三ヶ月前に終わったところで何かこのことに集中して生きてみる。 (後日談として:そのように生きてみると、以下の文章が生じた) 「大事なことは、2022年は人に会いすぎたということ」 まずは量的に、2023年は人に会う機会が減った。それも大幅に減った。そしてまた会う相手も大幅に減っ

    • 6/1 続き

      二十一歳になって半年以上経ち、私は名刺を作り、足の臭いを嗅いだ。足の臭いはまだどこか思春期的で、例えばタバコによって肺年齢が高速で増加=高速で老いながらも、ある他の部分の身体は未だ成長過程なのではないか?という自分にとってあまりにどうでも良いがゆえに、かえって発信したくなる推察が得られた。 蛍は未だ見ておらず、サンドリで未だに笑っている。 変形して取り上げる現実のさまざまな事象は、あらゆるものが絶えず変化しているにもかかわらず、未変化と既変化に分類できるような形で提出される。

      • 6/1

        二十一歳になってしまった。 大人という二文字が、3Dランドのキラーくらいの、避けようと思えば避けられる速度で、しかし次々と迫ってくる。 多分、名刺とか作った方がいい気がする。作ろう。 いまだに天然の蛍を見たことがないのはマズい気がする。見に行こう。 そろそろ思春期的な足の裏の臭いは消えたか?嗅いでみよう。 サンドリを聞いてゲラゲラ笑ってるけど、それって法に触れないのか?法に触りにいこう? 十八歳が三年前。十五歳が六年前。三年振りに三の倍数の歳だ。強烈。

        • 会話は続く方が不自然

          日常会話において、相手方の言動への理解を示す一つの手段として、似ている事柄を挙げるというものがあるようで、実際に僕もそういったこと(例えば「それって〇〇みたいなこと?」の如き返答)をしたことがあるような気がする。そしてこれには一定の効果があるらしい。 このように、ある事柄に対して似ている事柄を挙げるためには、抽象化や構造化、類型化の能力が必要で、会話以外では、学問や一般生活において様々な出来事や知識を抽象化したり構造化したりする作業も非常に重要であるといえる。例えばあるビル

        過去の記事の振り返り①

          劣情

          顔すらもわからない中年男性群の人となりが、十数時間かけて立ち上がってくる。言語化しやすい部分でいえば、Aは小太りでガタイが良く、デリカシーが無いと評価されているだろうし、Bは畑山隆則みたいな声と間をしていて、いかなるグループでもリーダー格になるはず。Cはコミュニケーション手段として下劣な冗談か威圧しか使えない。Dは小心者で脳みそに関する瑣末なプライドを捨てられていないらしい。 10時間程A,B,C,Dの会話を聞いていた。それぞれの声と呼称の関係は当然固定されている。 注意深

          椅子

          飲食店で時折見かける固定された椅子を心から嫌悪しています。 そして僕は幼い頃、無限に続く鱗模様に他では得難い安心感を覚えていました。

          睡眠

          本来人間は寝なければ老いず、いずれ神になります。 そのために神は人間に睡眠の必要を課しました。 そんなことはどうでも良くて、つまり僕が本気なのかどうかもどうでも良くて、大事なことは、2022年は人に会いすぎたということです。 2023年以降はもっと泥のように生きたい、、。でも、理想は、毛布です。僕は毛布になりたい。毛布になって、洗濯カゴに無理矢理詰め込まれたい。

          不毛

          身体というのは、実に不毛なものだと思う。僕は先日18歳になったけれど、一度として納得のいく体勢にありつけた事がない。 ふぅ、、。 なんなんだろう。凄くムカつくんですよ。体勢をいくら変えても「こうじゃない」「腰が痛い」「なんか不快」って体が訴えてくる。じゃあもう俺は考えてやんねえからな、って身体中の力を抜いたとて、別に快適な姿勢にありつけるわけでもない。 僕はもううんざりなんです。なので先日、脳だけになってきました。今は脳に繋がれた、僕の思考を反映するロボットでこれを打っ