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恋愛技術

はじめに

古代ローマの詩人プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年~紀元後17年または18年)は”Ars Amatoria”という本を著しました。時代で言えばパクス・ロマーナと呼ばれていた頃です。

この”Ars Amatoria”は邦訳すれば『恋愛技術』『恋愛指南』でしょうか。タイトルでは『恋愛技術』としましたが、岩波文庫では『恋愛指南』と邦訳されているので本記事ではこちらを記載することにします。

オウィディウスは『変身物語』の方が有名です。世界史の授業で一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。蝋で固めた翼で太陽を目指したイカロスの話とかが書かれているやつです。

そんな彼の『恋愛指南』ですが、これを読んだところバカ面白く、というか「これ現代でも殆ど通じるじゃねーか」という内容ばかりでビビりました。読書感想ツイート140文字に収めるのも勿体ないので、本記事で紹介した次第です。

※3000文字くらい

本編

『恋愛指南』の構成

全3巻から成っています(岩波文庫では一冊の本にまとめられています)。訳者である沓掛氏の解説文より各巻のタイトルを記載します。

第一巻「男はいかにしてこれという女を見つけ、ものにするか」
第二巻「ものにした女をいかにして保持するか」
第三巻「女はいかにして男を籠絡するか」

ただ誤解を与えないように言うと、オウィディウスは本書で恋愛や色恋の法則や作法を説いているわけではありません。本作では古代ギリシャの神々のエピソードや歴史上の出来事も引用されており、謂わば「色恋を題材とした、教訓詩のパロディー」(沓掛氏)と捉えられるべきでしょう。

なお、オウィディウスは30歳までの間に3度の結婚と2度の離婚を経験しています。また彼は本書が時のローマ皇帝アウグストゥス(古代ローマ帝国の初代皇帝)の怒りを買ってしまったのか、ローマから追放されています。※諸説あり

第一巻

まだ自由がきくうちに、手綱を解かれていてどこへなりとも気ままに行けるうちに、「ぼくの好きなのは君だけなんだ」と言える女性を選びたまえ。さような女性はこまやかな空気を抜けて君のもとへ天下ってくることはない。

9p

※太字は本記事による強調。以下全ての引用文でも同じ。

「空からおれのことが大好きな女の子が降ってきますように!」と願っていてもダメだよということ。これに続いて「ちゃんと女性がたくさんいる場所を調べて出会い探しに行けよ?」とまで記されています。

これもう半分友達だろ。ギャルゲーとかエロゲーで主人公に色々有益なアドバイスをくれる男友達みたいだ。これが2000年前に書かれていることに驚きを禁じえません。

ありがたいことにオウィディウスは「戦車競技場なんていいんじゃない?あそこめっちゃ賑わってるし、いろんな女性いるよ」と、わざわざどこで出会いを見つければいいかも書いてくれています。

当時の戦車競技場は男女が入り混じって席について観戦し、競技自体で大盛り上がりで人々も興奮状態だったので出会いの場の主流だったそうです(劇場の客席は男女で分かれていました)。現代で言えばクラブと競馬場が合体しているような感じなのでしょうか。

さてそこで彼女と近づきになる話の糸口をさぐるのだ。最初はまずありふれたことばを発するがよかろう。入ってくるのは誰の馬か、よろしいかね、熱心に訊くことだ。時を移さず、彼女が声援を送っている馬がどれだろうと、それに声援を送りたまえ。

15p

戦車競走を観戦している際に、気になる女性を見つけた時の最初のアクションのアドバイスです。取り敢えず雑談しろ、同じ馬を応援しろと書かれています。アイスブレイクですね。

さらに「彼女の周りの環境にも意識向けろよ」と続きます。「服に糸くずとかついてないかとか見とけよ?」「彼女の後ろの席に座っている人の膝が彼女の背中に当たってないか?」と。

すげー。本記事では都度触れていませんが、結構細かいことまで書かれています。ローマの男性たちはオウィディウスに足向けて寝れないのでは。

オウィディウスはメンタルについての言及も欠かしていません。

まずは、君のその心に確信を抱くことだ、あらゆる女性はつかまえうるものだ、との。網を張ってさえいればつかまえることができるのだ。

22p

「自信持て!」ってことです。さらにこの文章のあとには「上手くいかなくても気にすんな!」と色々な例えを出しながら述べています。この領域にまで至るともはや凄いを通り越して怖いとなるのだが…?

ここまで、どちらかといえばメンタル面への言及が目立ちますがオウィディウスは具体的なテクニックも記載しています。それも割と絡め手なやつ。

だがまず第一に腐心すべきことは、ものにしようと思った女の小間使いを知ることである。かかる女は、君が目指す女性へ近づく道の道慣らしをしてくれるからだ。

27p

「小間使い」といのは女奴隷のことです。奴隷と言ってもアメリカの黒人奴隷のようなものではなく、金銭などの個人的財産を持つことが許されていたり、主人に長く仕えていれば解放されました。この辺の話をすると永遠に終わらないので割愛。

閑話休題。小間使いと仲良くなれというのはつまり現代で例えたら気になる女の子の友達と仲良くなって情報を色々聞きだすやつでしょう。これ本当に古代ローマ時代に書かれた書物か?思考回路があまりにも現代と似すぎていて怖くなってくる。

ちなみに、この小間使いが男性のことを好きになってしまい女主人の恋敵になる場合もあったようです。地獄すぎる。探せばそれ題材にした当時の小説もありそう。

ここまで読んで「メンタルとか話し方とか書いてるけど、まだ書かれていないことないか…?」と思われたかもしれません。そう、身だしなみです。これについても書かれています。長いので写真を載せます。

要は「清潔でいろ、綺麗な服を身に着けろ、足元もちゃんとしろ、歯ァ磨け、髪型整えろ、鼻毛カットしろ、口臭ケアしろ」です。常識的なことを書き連ねているようにも思いますが、現代でも風呂にも入らずイベントなどに参加する人たちも一定数いるようなので、当時の古代ローマにも似たようなのがいたんでしょう。

第一巻の終わりの方にはこういったものも書かれています。

涙もまた役に立つ。涙でならば、鉄石心をも動かすことができよう。できれば、意中の女性に涙でぬれた頬を見せるようにするがいい。

45p

押してダメなら引いてみろということでしょうか。この後に「これで女性にキスされなかったらこっちから無理やりしてしまえ!そのあとは~~~」と書かれているので、この辺は現代と恋愛観が違うなと感じますが。気になる人はぜひ本書を手に取ってください。

おわりに

思ったより長くなったので第一巻で一つの区切りとします。第三巻の女性向けの記事も面白いので、これについても触れたいなとは思っています。

なお、オウィディウスは第一巻のさいごに「いろいろ書いたけど、女心ってすごい複雑だし無数のパターンがあるから柔軟に対応してね(要約)」と書いています。やっぱその辺も現代と変わらないんだ。

ただ本書を読んで思ったのは、これは恋愛指南というよりは「恋愛というゲームを楽しむ強者男性向けの本」という印象が強いです。なんとなくですが。

気力があれば続きを書きます。

次回記事

最後まで読んで頂きありがとうございました。

以上

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