#26 木曽地域の未来 ―持続可能な産業づくりを目指して―
はじめに
『J NOTE』第26回は、長野県の木曽地域を取り上げます。
木曽地域は長野県中部に位置し、広義的には御嶽山を中心とした「御嶽山系」と、木曽駒ケ岳を中心とした「木曽山脈」に挟まれた地域を指します。森林が面積の93%を占めており、開けた平地がほとんどないのが特徴です。
かつては、中山道が木曽地域を縦断するように整備されており、福島宿に置かれていた福島の関は「天下の四大関所」と呼ばれるほど、出入りの取締の拠点として重要な役割を担っていました。現在でも木曽地域は東西の交通の要所としての役割を担っており、旧中山道に沿って国道19号、JR中央本線がそれぞれ通っています。
しかしながら、木曽地域は現在深刻な人口減少問題に直面しています。次の図1は、木曽地域の2000年以降の人口推移を示したものです。
図1より、木曽地域では直近25年間で人口が約4万人から2.5万人程度にまで減少し、減少率が約38%と急激に過疎化が進んでいることが分かります。また、これまで人口が唯一1万人を超えていた木曽町でも、最新の統計調査では人口が約9,800人となり、人口減少問題の深刻さがうかがえます。
では、今後木曽地域が生き残っていくためには、どのような街づくりが必要となるのでしょうか。
そこで今回の『J note』では、産業振興を中心に木曽地域の未来へ持続可能な街づくりについて見ていきます。
木曽地域の産業
林業
木曽地域は、かねてから豊富な山林資源を活かした林業が盛んな地域です。
江戸初期、尾張徳川家が名古屋城下から100キロ以上離れたこの地を領地とすると、この地域の代官を任された山村家によって、地域住民の統率や森林の保護管理が行われるようになりました。このころよく切り出されていた5種の木は「木曽五木」と呼ばれており、現在も資源として大切に守られてきています。
また、ほぼ同時期に伊勢神宮の式年遷宮に用いる御用材として、木曽のヒノキが新たに用いられるようになります。そのため、木曽地域は良質な木材の産地として全国的に知られるようになりました。
現在では、林業の担い手の減少や海外からの輸入材の増加によって、木材の生産量は減少傾向にあります。しかしながら、伐採適齢期を迎えた木が山林に多数存在しているため、需要と供給に合わせた管理が難しい状態となっています。
そのため、2022年に長野県が定めた「第14期 木曽谷地域森林計画書」では、林業の担い手育成や森林の保全管理の強化について取り上げられています。木曽地域の雇用や自然環境について、将来にわたって維持できるよう県を挙げて取り組んでいます。
観光業
木曽地域は、長野県内の他地域同様に観光業が盛んな地域です。
近年は奈良井宿や妻籠宿など、江戸期の古い街並みが保存されている地域が観光地として注目を集めていますが、昭和中期から後期にかけてはレジャー開発が盛んに行われていました。
1960年代に木曽駒高原(木祖村)などで別荘地開発が始まると、その後のスキーブームに合わせて王滝村や開田高原などの標高が高い地域で、公設のスキー場が相次いで開業しました。また、東海地方からも比較的距離が近いことから、企業の保養施設などもこの地域に数多く建てられ、多くの観光客が木曽地域に訪れました。
しかしながら、2000年代に入ると国内スキー人口の減少や別荘ブームが終焉を迎えたことに伴い、近年はスキー場の廃業や別荘の空き家化が相次いでいます。また、2014年の御嶽山噴火や2020年の新型コロナウイルスの流行によって客足が大きく遠のき、現在も木曽地域の観光業は活気を取り戻してはいない状況となっています。
そこで、木曽地域の自治体は2024年6月に持続可能な観光振興事業として、隣接する阿智村と岐阜県中津川市と共同で「スローツーリズム」に取り組むことを発表しました。
この取り組みは、将来のリニア中央新幹線岐阜県駅開業を見据えて中津川市を中心に企画されたもので、地域の森林資源や観光業の持続と、ICT技術の活用を目的とした事業となっています。また、内閣府から「広域連携SDGsモデル事業」にも選定されているため、今後の具体的な事業策定に注目が集まっています。
木曽地域の新たな産業振興について
木曽地域は前述のように、林業と観光業が主な産業となっています。一方で、メーカーやIT関連の企業などは少なく、近隣の伊那谷や諏訪地域など高速道路のアクセスが良い地域に、事業所の拠点や工場を置く企業がほとんどです。
このように、木曽地域では産業に偏りが見られることから労働者の希望業種とミスマッチが起こり、地域外へ流出してしまうことが大きな課題となっています。
そこで、木曽地域の自治体や商工会らによって結成された木曽地域経済牽引事業促進協議会では、2017年に地域未来投資促進法にもとづいて「長野県木曽地域 基本計画」(2023年改正)を策定しました。
今回は、基本計画内で挙げられている産業振興事業の一部を紹介していきます。
①重点促進地域の指定(大桑村)
大桑村の殿地区には、セラミックや機械部品メーカーを中心に4社が拠点を置いています。工業団地としてはごく小規模であり、2024年時点で未造成の区画がいくつか残されていますが、県が殿地区から国道19号へ繋がる和村橋の架け替え工事や木曽川右岸道路の整備を進めており、それにあわせて企業の誘致を積極的に行っています。
ただし、大桑村から最寄りの高速道路のインターチェンジまで1時間弱かかるため、都市部への輸送が大きなウィークポイントであるといえます。
②コワーキングスペースの整備(木曽町)
木曽町の地域おこし協力隊を中心に結成された木曽マナビネットワークによって運営されている「ふらっと木曽」では、コワーキングスペースや個室オフィス、シェアキッチンの運営を行っています。
個室オフィスは半日から年利用まで様々な契約期間で借りることができ、都市部の企業に在籍しながらUターンした移住者などのニーズに答えています。また、鉄道や高速バスなどの公共交通機関のアクセスも良く、東京や名古屋と行き来がしやすい立地環境となっています。
③エネルギー産業
木曽地域は、戦前から木曽川沿いに水力発電所が多数建設されており、1923年に完成した読書発電所(南木曽町)は今も現役の発電所として稼働しています。その後も1961年に利水と発電を目的とした牧尾ダム(王滝村)が完成し、昨年2023年には新たに上松駒ケ岳発電所(上松町)が運用を開始するなど、木曽地域には新旧様々な水力発電所が存在しています。
木曽地域では、水力発電をはじめ様々なエネルギー産業に取り組んでおり、木質バイオマス発電や地中熱を活用した冷暖房設備を公共施設に設置する事業などに取り組んでいます。
このように、豊かな木曽の自然を活かしたエネルギー産業に地域を挙げて取り組んでいます。
おわりに
ここまで、産業振興を中心に木曽地域の持続可能な街づくりについてみてきました。
木曽地域では地域産業を維持していくために、主要産業の林業や観光業を維持していくだけでなく、新たな産業や雇用を生み出す産業振興を進めていることがわかりました。
今後は、リニア中央新幹線の開業や伊那谷方面に抜ける姥神峠道路の全線開通が予定されており、東京から木曽地域までの所要時間がさらに短縮される見込みであるため、交通インフラの改良が産業振興にどのような影響を与えるかが注目です。
関連文献
齋藤政美「過疎地域における公共交通の現状と課題―「木曽町生活交通システム」の事例から―」『国土と政策』第45号(国土政策研究会、2020年)
髙橋みずき「地域社会の『縮小』における『6次産業化』の展開 ―長野県木曽町を事例に―」『村落社会研究ジャーナル』第23巻第2号(日本村落研究学会、2017年)
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