#7 長野県伊那市の観光振興と地方創生政策 ―地域活性化と知名度アップを目指して―《前編》
はじめに
『J NOTE』第7回と第8回は、長野県伊那市を取り上げたいと思います。
伊那市は長野県南部に位置する、人口約6.6万人の街です。中央アルプスと南アルプスに挟まれた伊那谷の北寄り(上伊那地域)に位置し、その恵まれた自然環境から「米」「りんご」「そば」「野菜」など様々な作物を栽培されています。
また、伊那市は人気ロックバンド「King Gnu」の常田大希さん、井口理さんの出身地でもあり、市内の繁華街にはライブハウスやレコーディングスタジオも立地していていることから、音楽が盛んな街であるといえます。
さて、伊那市への車でのアクセスは、県内の他市町村と比べるとおおよそ便利な方であると言えます。市の西部を中央自動車道が縦断していることから、名古屋まで2時間、東京まで3時間でアクセスすることができます。
しかし、伊那市への公共交通機関でのアクセスは決して良いとは言えません。新宿駅や名古屋駅から、伊那市内の駅まで乗り換えなしでアクセスできる列車は存在せず、飯田市内に設置予定のリニア新駅から伊那市駅まで約1時間20分かかる見込みとなっています。
そのため、伊那市への公共交通機関でのアクセス方法は「高速バス」が一般的となっています。2022年11月現在、高速バスは新宿~伊那間が1日16往復、名古屋~伊那間を1日9往復運航しています。そして、このバスが最安値かつ最速で東京や名古屋間を結ぶため、伊那市を含んだ上伊那地域と首都圏、東海圏を結ぶ重要なアクセスとして広く利用されています。
今回の『J NOTE』では、そんな伊那市の観光振興と地方創生に対する取り組みについて、前編後編に分けて見ていきたいと思います。
伊那市と観光 -天下第一の桜-
伊那市で一番知られている観光地は、間違いなく「高遠城址公園」なのではないかと私は思っています。
高遠城址公園は伊那市の東部、高遠地区にあります。高遠城址公園は長野県随一の桜の名所として知られており、太平洋側の都市よりも半月から20日ほど見ごろが遅いことから、毎年多くの観光客が訪れています。
高遠の桜は「タカトオコヒガンザクラ」という固有種であり、少し小ぶりで赤みのかかった花を咲かせるのが特徴です。1979年に当時の高遠町が定めた「桜憲章」によって、高遠地区から勝手に持ち出すことが一切禁じられているほど希少なものとして大切に扱われています。
高遠城址公園には、貴重なタカトオコヒガンザクラが1500本も植えられており、それらが一気に咲き誇る圧倒的な景観から、高遠の桜は「天下第一の桜」と称されています。また、近隣に位置する花の丘公園ではちょうどゴールデンウィークの時期にヒガンザクラが見ごろを迎えることから、高遠では約1か月近く桜を楽しむことができます。
また、高遠城址は桜だけではなく紅葉も綺麗なことで知られています。カエデの木が公園内に250本ほど植えられており、毎年10月下旬から11月上旬にかけて「高遠城址もみじ祭り」が開催されています。高遠の紅葉は桜のように全国的には有名ではありませんが、その美しい景観を求めて県内から多くの観光客が訪れています。
「伊那市」の知名度向上にむけて
さて、伊那市が抱える課題は「伊那市」の知名度です。先述の通り、「高遠」の名は全国的に広く知られているものの、高遠が伊那市にあることや伊那市そのものの知名度が全国的にはあまりないように思われます。
というのも、伊那市の周りには諏訪湖や八ヶ岳、奈良井宿や御岳といった全国的に有名な観光地が多数立地しています。また、南信地方の行政や経済の中心は飯田市が担っており、今後リニア駅も飯田市内に設置される予定であることから、伊那市は近隣の市町村などと比べるとあまり目立たない街になってしまっているのが現状です。
また、もともと伊那は「伊那谷」「上伊那地域」「下伊那地域」のように、この地域全体を指す地名です。ゆえに、近隣の市町村には駅や公共施設、企業や団体にも「伊那」の付くものが多数存在するため、この地域をよく知らない人からすれば、どれが伊那市にあってどれが伊那市にないのかが判別できないという問題点があります。
そのような現状を少しでも打破しようと、伊那市や商工会議所ではPR活動を盛んに行っています。
「伊那市フェア」の開催
伊那市では、2018年から新宿区で「伊那市フェア」を開催しています。
新宿区は伊那市の友好提携都市であり、新宿中央公園や新宿駅東南口駅前広場には記念樹としてタカトオコヒガンザクラが植えられています。新宿のタカトオコヒガンザクラは毎年3月下旬に見ごろを迎えるため、伊那市ではその時期に合わせてフェアを開催し、新宿駅東南口のイベントスペースにて物産展やフードの販売を行っています。
コロナ禍の影響で2020年は中止、2021年と2022年はフードの販売を行いませんでしたが、代わりにクイズイベントなどを行うことで、伊那市の宣伝活動を行っています。
ご当地グルメ「ローメン」によるPR活動
伊那市には、ご当地外食グルメとして「ローメン」があります。発祥は市内の中華料理店「萬里」で、1950年代に誕生して以降多くの飲食店で食べることができます。
ローメンとは、蒸した少しかための中華麺に羊肉とキャベツなどの野菜を加えて炒めた麺料理です。これだけ聞くと焼きそばをイメージするかと思いますが、そのビジュアルは店によって大きく異なっています。
ローメンは「スープを入れて具材を炒める店」と、「スープを入れずに具材を炒める店」の二つに分かれています。そのためローメンには、スープに浸っているローメンと、スープがなく焼きそばのようなローメンが存在します。
また、ローメンはお客さんが卓上調味料を使ってアレンジして食べるのが一般的です。ソースや酢、七味唐辛子やラー油など様々な調味料が用意されており、店によっては豆板醬やマヨネーズが用意されている店もあります。それらの調味料をお客さんが自由に味付けすることができるため、ローメンは人によって全く味が異なる麵料理ということになります。
ローメンは、B-1グランプリや各地のイベントに出品されており、伊那市の名物として販売されています。また、伊那商工会議所内には「伊那ローメンズクラブ」が結成されており、県内外問わず盛んにPR活動を行っています。
このように、伊那市や商工会議所ではイベントやPR活動に取り組んでおり、伊那市の知名度向上を目指して日々取り組みを続けています。