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素色に春風。

 風が冷たいけれどよく晴れた日。無事に大学を卒業しました。
 お気に入りの振袖とずっと憧れていた緑の袴を着せてもらって、家族と会場に向かいました。手術跡の上に貼っている茶テープは想像より目立たなくて安心しました。袴を着たら気分が上がるかなと思っていましたが、それほど変化はなく。「やっぱり行きたくないなぁ。」という気持ちの方が大きかったです。でも、卒業式を休むという選択肢はありませんでした。会場にすら行かないのは自分に負けるみたいで嫌だったのです。強がりな私は「行きたくない。」と家族には一言も伝えないまま、平静を装って会場の入口で別れました。

 卒業式には全学部の学生が集まるので、大きなホール内にはとんでもない数の人がいました。煌びやかなみんなを、どこか冷めた目で見てしまう私がいました。ざわざわ、もやもや。気持ちが落ち着きませんでした。友人と合流すると少し落ち着いて、途中退席することなく式を終えることができました。
 写真をたくさん撮るつもりで行きましたが、みんなが眩しくて何だか自分からは声をかけられませんでした。羨ましいというより、ただただ眩しい。ふとした瞬間に「私はみんなみたいになれない。」と考えていました。振袖と袴は重いので体力が戻り切っていない身体にはきつく、体力が削られたことで余計に気持ちが沈んでいた影響もあったかもしれません。それでも、「写真撮ろうよ。」と誘ってくれる友人が何人もいました。周りの人のおかげで、袴姿で笑顔の写真を撮ることができました。写真だけ見れば、私が「行きたくない。」と思いながら卒業式に出たことなんて分かりません。式に出て、袴を着て、みんなと写真を撮った。これだけできたら、花丸です。

 気を張っていたのか袴を脱ぐまではそれほど疲れを感じていなかったのに、身体と共に気持ちも解放されたのか。身軽になった瞬間、ぐったりでした。万全でない状態で臨んだ卒業式には、やっぱり少し心残りがあります。でも、あのときの私にできる最善は尽くせたのではないかと思っています。名前を呼ばれたときにうまく喉が動かなくて、大きな声で返事ができなかったけれど。自分から声をかけられなくて、写真を一緒に撮れなかった友人もいるけれど。謝恩会に出られなかったけれど。いつの日か、そんなこともあったと笑って話せる日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。全部含めて、私の卒業式です。


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