休職中に価値観が激変、生まれ変わり中

ついこの前半年ぶりに友達と会い、ご飯を食べながら話をしました。

休職したこと、今思っていることを話すと、
「めっちゃ変わったね!丸くなった!良かった!」
と驚いていました。

そして、「昔は尖ってたね!」とも笑

テレビの中で昔芸能人が尖ってたっていじられているのはよく見たことがあります。
それを自分に適応されるとは思ってなかったです笑

なぜ驚いてくれたか。
大学生から就職、休職後にどのように変化したか書かせてもらおうと思います。

高校〜休職するまで、私はかなり偏った思想を持っていました。(怪しい宗教ではありません笑)

今考えれば激しい目的論者でした。

「目的があり、それを達成して生きていくことこそが善。それ以外はあり得ない」
と心の奥底で思い込んでいました。

今思えば、その思い込みを手で強く握りしめて、その拳を開くことができなかった。

そうでなければ、心のバランスを取れないほどに追い詰められていたんだと思います。

でもその時の自分ははっきりとした信念と使命があったように感じていて、その事に対してどこか誇らしさのようなものを感じていたように思います。

ただ当時大学生の私も、そんな自分が少し偏っていることは察知していて、
「なぜ皆このように思わないのか?」
「自分と反対の考えをする人たちはどんなことを考えて生きているのか?」
に興味がありました。

そこがまだ救いがありますね笑
好奇心があって良かった笑

この好奇心は就職活動で発揮され、
「大勢の人は何に興味を持っていて、何に興味を持っているのか」を知ることができ、且つ、
自分とは全く逆の考え方の人が多いPR会社に就職をしました。

その結果、図らずも(?)成功したようです。

「自分と反対の考えをする人たちはどんなことを考えて生きているのか?」

これはなんとなく感覚で分かってきました。

ずっと一緒に仕事をしていると、なんとなく感じ取っていくものがあるようです。

「もっと良いものが食べたい。
もっと良いものが着たい。
もっと旅行に行きたい。
もっとお金が欲しい。
もっと良い生活をしたい。」

そんな風に多くの人が思っているように感じました。

休職前には私は
「目的や意義のない人生などありえない」とこれを否定していました。

今なら、その尊さもわかります。

それでも信念も使命も誇りも成し遂げたいこともない。
そんな生き方に拒否反応を示していたんです。

しかし心が壊れて休職をして、カウンセリングを受けてゆっくり丁寧に暮らすようになり、私は変わりました。

美味しいものを食べる喜びも、お気に入りの服を着て出かける嬉しさも、料理を作ったり家事をしたりする温かさも感じることができるようになりました。

どうやら、目的論にしがみつく手に力を入れなくても、心のバランスを取れるようになったようでした。

「目的や信念がなければならない」と思っていた私が力を抜くと、
ただ「計画を立てて、その計画通りに行くこと」が好きな人だったんです。

偏りが解消されて、それでも目的論も好きで、
ちょうど間に行けつつある気がします。

星野源さんの『夢の外へ』の歌詞を引用させて下さい。

『自分だけ見えるものと
大勢で見る世界と
どちらが嘘か選べばいい
君はどちらをゆく
僕は真ん中をゆく』

私も、真ん中を行けるといいなと今は思っています。

久しぶりに会った友達は昔は苦しそうだったと言っていました。

そう、私は苦しかったんです。
苦しかったし、辛かった。
しんどかった。大変だった。
息がしにくかったし、食べ物の味も今ほど感じなかった。
生きている心地がしなかった。

そこから、変われて良かったと今は心から思います。

まだ心は治療中ですが、ものすごく良い方向に進んでいると確信しています。

人って変われるんです!変われるんですよ!

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