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組織改革に失敗したはなし

日本は大好きだけど、蒸し暑い夏の気候だけはどうにも納得がいきません。Harukaです。いかがお過ごしですか。



人は社会性のある生き物なので、何かしら組織に所属しています。関わりの深さや種類は多岐に渡り、所属の数も一つとは限りません。


私が生まれて4年くらい経ってから今日まで、ずっと所属してきた組織があります。ボーイスカウトです。

組織と言うこともできるし、自分としては「コミュニティ」という方がしっくりくる感じもします。


幼いころから面倒を見てくれている大人と幼馴染みに囲まれて、とてつもなく居心地の良い環境です。新しく入ってくるちびっ子達も弟や妹のような感覚を抱きます。(最近は息子、娘に近くなってきた)


今回はそんな居心地の良い場所をもっと良くしようと頑張った結果、盛大に、それはそれは盛大に失敗したはなしです。


個人的な感情の記憶は抑え、どんな組織でも当てはまるようになるべく抽象化して書いていきます。



組織に不満を持つとき

人が「この組織を変えよう!」と決意するに至るきっかけは、大きく分けて2つあると考えます。

①現状より高みを目指せる、組織のポテンシャルに期待するとき

②現状が腐敗している、組織を健全な状態に戻したいとき


①の場合は変革や改革ではなく「成長」を求めていて、行動のきっかけから目標の達成まで一貫してポジティブなモチベーションであることが多いです。


②の場合はこのままだと組織が壊滅してしまう、競合に勝てなくなるなど変化を必要に迫られる状況で、決してポジティブな作業にはならないこともあります。


私の場合は②でした。

私のいた組織の状況を細かく書く代わりに、当時思っていた気持ちの通りに文章を書くと、


「みんな怠惰にやってるだけ。なりたくない大人の見本市。今までの恩じゃ埋められないくらい失望してる。顔も見たくない。後輩たちも同じ。誰もこの組織のために、未来のために動いてない。私の話を真剣に聞いてくれる人がいない。一緒に動いてくれる人もいない。」


こんな感じでした。常に眉間にシワが寄って、いつもイライラしていました。


やめるか、変えるか


この二択が目の前に現れて、私は変える方を選びました。

あと少しだけ頑張って、恩返しと思ってこの組織を良くしよう。それでもダメならやめちゃおう。


これが私の組織改革を決意したきっかけです。




改革の準備に必要なこと


いきなり「この組織はダメだと思います。変革が必要です。」と声をあげても効果はありません。むしろ、現状が特に努力も必要ないぬるま湯になっている人たちからは反発されてしまいます。


必要なのは

①強烈な現実直視

②理想の姿を限りなく具体的に持つ

③シナリオを明確に確実に作成する



まず、お前が悪いあれが悪いと、誰かや何かに責任を押し付けるような状況分析ではなく、今まで関わってきた全ての人と起こした行動全ての責任と、それが現状にどう影響したかという評価反省です。

私の場合、カリスマ的存在で、圧倒的なリーダーシップを持ち、私が所属するボーイスカウトの組織の最盛期を築いた人の行動も色眼鏡を外して冷静に分析するようにしました。

なぜならその人の批判はタブー視されていたし、その人がいた頃の「よかった時代」をいつまでも引きずっている風潮があったからです。


次に、私が組織に対して持った不満を因数分解し、どうなれば私は満足するのか、どうなればこの組織は良くなるのか、ボーイスカウトには活動内容に対しても組織運営の方法に対しても明確な基本があります。それを全て完全に無視しているのが私のいた組織だったので、まずは基本への理解を深め、何を言われても理論的に説明できるまでのゴールを設定しました。


またそのゴールは中期と長期でそれぞれ用意し、一つずつクリアしていけば決して無謀な挑戦にならないというメッセージにしました。


最後に、具体的に誰が何をするのか、なぜその人がその役割を担うのか、目標達成までの計画を作りました。

計画の中に書かれている全ての行動に、その行動を起こす理由・背景を記載し、その行動が目標達成にどう寄与するのか書くことで、指示を与えられた人は正しい理解の元動くことができます。


これらの準備をした上で、自分の思いに賛同してくれそうな人、動いてくれそうな人を組織の中から見極めます。

この判断を間違うと、何を言っても伝わらない、むしろ違うことをする、私のストレス値がどんどん上る。レモンサワーを飲むペースが尋常じゃなくなる。体の調子が悪くなる。等々、自分を構成する全ての要素がバランスを崩し始めます。地獄です。




誰を味方につけるか


私がいた組織は120人を超える大所帯で、そのうち50人くらいが大人でした。

組織の運営に関わっているのは50人のうち、約20人くらい。

その20人のうち発言するのは10人くらい。

まともなコミュニケーションが取れるのが6人くらい。

私の話を聞いてくれそうな人が4人くらい。


名簿を見ながら1人ずつ評価していった結果、120人の仲間のうちに話をできる相手は4人しかいないという背筋の凍るような現実を突きつけられました。3%


ここまでは順調に準備ができていました。

しかしここからの行動が安直すぎました。4人に対して全て同じ内容、展開で話をしてしまいました。


4人はそれぞれ別人で、違う生活をしている人で、考え方やボーイスカウトに求めるものが違います。それらを考慮した発言が必要でした。



変革を決意したのが自分の個人的な感情であるのは良いとしても、そこから先の行動は自分を主語にせず、関わる人たちの視点での発言や行動が必要でした。


どうしてあなたが必要なのか、今動くことであなたの未来がどう変わるのか、自分の情熱を語るのではなく相手の心に響く説得が必要だったわけです。



それでも昔から私のことを知っていて、ずっと面倒を見てきてくれた大人たちは一応は話に乗ってくれて、「じゃあ全体に向けて提案をしようか」というところまで漕ぎ着けました。


当時の私はこのミスに気づかず、前に進めているという錯覚を見ていました。



正しいプレゼンは人によって違う


たいていの人がジョブズのプレゼンに憧れて本を読んだりセミナーに参加して勉強します。私の部屋の本棚にも「スティーブジョブズ 驚異のプレゼン」という本をはじめとしたジョブズis神な本が並んでいます。



どうすれば相手の心に響くのかで重要なのは、やはり相手の目線に立つことです。



私の祖母はジョブズがジーンズのポケットからiPhoneを取り出した動画を見ても真顔です。ピクリとも動きません。

祖母の求めている商品ではないし、祖母が持っている知識では理解できないし、何よりあのプレゼンは祖母にとっては分かりにくい。


ではなぜ多くの若者はあのプレゼンに熱狂するのか。


色んな論理をすっ飛ばして答えだけ言うなら、若者はあのプレゼンを求めていたのです。



相手を説得する際に、いくら相手にとってのメリットや提案しているものの素晴らしさを伝えても、現状に満足している人は新しいものには手を出さないし、わざわざ労力は割いてもらえません。


相手に向上心がない時は尚更です。



私がプレゼンをしていく相手は、向上心皆無、ぬるま湯大好き、自分たちは正しいと思ってる、私のことを応援してない。そんな相手です。


そうした相手に対して私がとった方法は、強気にはっきり物申して現実に気づいてもらうという方法でした。遠回しに気を遣いながら話してもはぐらかされて終わると考えたからです。結果は大失敗でした。


全員自分よりも年上で社会人。中には70代のお年寄りもいる。

若者の元気いっぱいの意見は、「あぁ元気だね。若いね。」で終わり。どうあがいても埋められない年齢差や経験値の差が相手の耳を塞いでいました。


私はボーイスカウト活動をしている当事者としての「こんな風に嫌な思いをしているんだ!!!!」と言う叫び声は、「じゃあそんな思いをエネルギーに変えてこれからも頑張ってくれ」「若者の意見に興味はない」「今までずっとこれでやってきた」という論点ずらしも甚だしい回答で消されていきました。結局はぐらかされたという結末から評価するに、強気な提案は効果を成さない相手でした。


おそらく私はここでも前章と同じ、相手に合わせたプレゼンをしないというミスを犯していたのでしょう。



自分の立場や状況が違えば効果はあったかもしれないし、選択肢ももっとあったのかもしれません。クビにしたり左遷したり。


私がいた組織はボーイスカウトで、ボランティアによって運営されている団体で、そうした手法が通用しない場所でした。



他人は変えられない


よくここまで抽象的に書けたなと感心するほどざっくりと書けました。

今まで書いた失敗談を通じて私が下した最終的な判断は、今いる組織をやめて別のところに行くというものでした。



ただやめる決断をした時点で私が長年持っていたボーイスカウトへの情熱は完全に冷めていて、「ここじゃなければどこでもいい。最低限ボーイスカウトを続けている肩書きさえあればそれでいい。」というゴミ屑みたいな考えしか浮かんでいませんでした。


でも少しだけ希望を持っている私もいて、

①ずっとハイテンションでボーイスカウトをやってきた自分たちの組織のエース級の奴が見限って出ていった

→出ていくことで最後のインパクトを与えられるかもしれない期待


②違う環境に行けば、落ち着いて自分を振り返り、何か学びがあるかもしれない

→今こうやって記事を書いて自己分析をしている


①に関しては勘違いもいいところで、私がいなくなった組織は今まで通りふざけた運営を続けています。

②に関してはやめることを決断してから3ヶ月ほど経ってから、少しずつどうして上手くいかなかったのか、どうすれば上手くいったのか、感情的にならずに落ち着いて考え、今こうして経験から得たことを文字に起こせる程には回復しました。



環境は変えられる



他人を変えることはできない。これがこの経験から学んだ一番大きなことで、人が変わるきっかけや変わるためのヒントを与えられることはできても、あなた自身が誰かの人格に手を加えたり、誰かの行動を代わりに選択することはできないのです。それは他人があなたを変えられないと言い換えることもでき、全ての行動は自分で選択していかなければいけない。

「人は変わらない」と「自分は変われる」の2つが交わるところにあったのが「自分が動いて環境を変える」ということです。

これはAという環境をBに変化させるという行動ではなく、Aにいた自分がBに移動するという意味で捉えるべきで、そして何より重要なのは移動することを恐れないことです。


私は他人を変えようと間違った努力をし、自分は動かず周りの環境を変えようと間違った判断をしてしまいました。





近い将来、2~3年のうちに私はボーイスカウトをやめるでしょう。少しだけ心残りがあるのは面倒を見ていた子どもたちが頑張る姿を近くで見られないこと、仲間たちと一緒に夜中まで会議をできなくなること、そして何より情熱を持って青春全てを捧げて必死に頑張っていた頃の自分とバイバイすること。


新しい場所では同じ過ちを犯さずに、強烈な反省とそこから得た大量の学びを忘れずに、また情熱を持って没頭できることを見つけたいです。




今回は心も体もボロボロになった大失敗のはなしでした。

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