[ショートシナリオ]キャプテン、部活辞めさせるってよ
登場人物
神田和樹(18)高校生
神田真守(17)高校生・和樹の弟
松本梨香(18)高校生・和樹の彼女
細田悠(18)高校生
芝原咲(18)高校生
野球部員たち
お題「ハンカチ」
場面1:学校・教室
細田悠(18)と芝原咲(18)が机越しに談笑している。松本梨香(18)が二人に近づいてくる。
咲「梨香じゃん。どうしたの?」
梨香「お話し中にごめんね。ちょっとお願いがあって」
梨香がポケットからハンカチを取り出す。そこには必勝、とかファイト、といった文字が書かれている。
梨香「これ、よかったら二人も書いてくれないかなって」
咲「これは、あ、彼氏に?」
梨香「うん、そう。そろそろ甲子園始まるでしょ。みんなからのエールがあったら力になるかなって」
咲「いいね。私のクラスで回しとこうか?」
梨香「ほんと?ありがとう。四限の休み時間にまた取りに来ていいかな」
咲「わかった。任せて」
梨香、笑顔で教室を後にする。悠はそれを見送り、
悠「梨香ちゃんけなげだなー。可愛いし。さすが野球部のスーパースター。あんな彼女いて羨ましいわ。まさにパーフェクトカップルって感じ」
悠、咲が持っているハンカチをまじまじと観察する。
悠「うわ、すっげぇ文字びっしり。俺もなんか書くか。貸して」
悠、咲からハンカチを受け取り、机に広げてメッセージを書き始める。
それを見た咲がつぶやく。
咲「野球部のエースでキャプテンがマウンドでそれ使ってたら、そりゃマスコミは放っておかないわよね。上手いわ」
悠は咲を見上げて口をとがらせる。
悠「なんだよ、含みのある言い方だな。うちの県、公立校が甲子園行くの二十年ぶりらしいぜ。応援しないのかよ」
咲「まぁするけどさ・・・。あんた知らないの?野球部の色々」
悠「色々ってなんだよ」
咲「知らないならいいわよ。貸して。梨香様の頼みはちゃんとしないと後が怖いし」
咲は悠からペンをひったくり、そそくさとハンカチにメッセージを書き始める。
場面2:神田家・和樹の部屋(夜)
神田和樹(18)がジャージに着替えている。神田真守(17)が扉をノックする。
真守の声「兄貴、いいか」
和樹「真守か。いまから走り込み行くんだ。手短にしてくれよ」
真守、部屋に入り和樹に近づく。
和樹「おいおい何だよ、顔が怖いぜ」
真守「二年の坂本、わかるだろ。野球部辞めたいってさ」
和樹「坂本が?それをなんでお前が言うんだよ」
真守「兄貴に直接言えないから俺に伝えたんだろ。わかってるくせに。白々しい」
和樹は真守から目をそらし、着替えを続ける。
真守「坂本言ってたぞ。もうこの野球部じゃいくら練習してもベンチだって。また監督に何か吹き込んだのかよ」
和樹「何の話だよ。それにキャプテンが監督に部員のこと言って何が悪い。うちの監督は私立みたいなプロじゃないんだぞ」
真守「そうやって橋田先輩も退部に追い込んだのか」
和樹の眉がぴくりと動く。
真守「散々悪評立ててレギュラー降ろしたんだってな。それで兄貴は晴れて一年生エースの座についたわけだ」
和樹はわざとらしくため息をつく。
和樹「言いがかりだ。それに俺が投げてからチームは格段に強くなった。万が一そうだったとして、何か問題あるのかよ」
真守は和樹を睨みつける。
真守「なあ兄貴、橋田先輩の話は俺らの学年でも知ってる奴は知ってる。こんなやり方、梨香さんも悲しむぞ」
和樹は少し眉をひそめるが、すぐに閃いたようににやりと笑う。
和樹「なんだお前、梨香の事気に入ってるのか?そういう話なら最初から言ってくれよ」
和樹、真守に二、三歩近づき耳元で囁く。
和樹「一回貸してやるよ。いつがいい?それでこの話は終わりだ」
真守、一瞬驚愕の表情をし、和樹を怒鳴りつける。
真守「自分が何を言ってるのかわかってるのか!いい加減にしろ!」
真守は和樹の胸倉を掴むが、和樹は地に足をしっかりとつけ、ぴくりとも動かない。
和樹「やれよ、正義のヒーロー。憎き野球部は出場停止だ。さぞみんな喜ぶだろうな」
真守は真っ赤な顔で目を見開いて和樹を睨みつけるが、何も言わず突き放す。
和樹「覚悟もない奴が吠えるな。俺はどんな手使ってでも注目されて、プロになる」
和樹、服を正して退出する。
場面3:阪神甲子園球場・マウンド
和樹の主観が映っている。視界はぐらぐらと揺れ、白くぼやけている。
和樹「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
和樹の息切れが鮮明に響く。遠くでブラスバンドの演奏が聞こえる。
和樹、何とか捕手のサインを読み取り、セットポジションに構える。ボールを握ると、爪の間から微かに血が滲む。
和樹の背後に映った得点板にはゼロがずらっと並んでいる。数字は既に9回の裏をゆうに超え、延長戦であることを示している。
和樹、大きく息を吐く。捕手の構える外角を目掛け、腕を振った瞬間、
和樹「!」
ボールが指を滑り、あらぬ方向へ飛んでいく。捕手が慌てて立ち上がるもボールは取れず、後逸される。
相手チームのランナーがホームベースを踏み、球場が歓声に包まれる。
場面4:阪神甲子園球場・選手控室
和樹がタオルを頭からかけ、ベンチに座っている。野球部員たちが着替えをしている。
ベンチに腰掛ける和樹に、誰かがペットボトルを投げつける。和樹は地面に転がり落ちたペットボトルを拾って周りを見渡すが、だれも目を合わせない。控室にくすくすという笑い声が響く。
野球部員A「おい、やめろって。可哀そうだろ」
またくすくすという声が聞こえる。
野球部員B「あぁー、終わった終わった。これで王様の独裁から解放だな。なぁ、みんな?」
誰も何も答えないが、和樹を擁護する言葉も聞かれない。部員が続々と控室から出ていき、最後には和樹一人だけになる。
場面5:阪神甲子園球場・男子トイレ
和樹が個室に座り俯いている。真守がトイレの扉を開けて入ってくる。
真守「兄貴、そこか?」
和樹は何も答えず微動だにしない。
真守「負けたらそうやってトイレにこもるの、小学生の時から変わらないな」
真守は少しおどけてみせるが、個室からの返事はない。それでも真守は扉をじっと見つめている。
衣擦れの音がいくつかして、ようやく個室から声が聞こえる。
和樹の声「いい気味だったろ。俺が負けて」
和樹は真守の反応を待つが、真守は何も答えない。
和樹の声「見たかよ。最後の大暴投、からのゲームセット」
和樹は押し出すような声で続ける。徐々に言葉が震えていく。
和樹の声「あれじゃ素人が投げてた方がまだマシだったな」
真守は扉の前で佇んで和樹を待っている。何回か和樹の鼻をすする音がし、ようやく個室の扉が開く。
真守「顔、泥だらけだ。洗ってけよ」
和樹はゆっくりと洗面台に歩き、蛇口を捻る。顔を洗う和樹を、後ろから真守が見ている。
和樹「あー、顔洗ったらさっぱりした。よく考えたら、大暴投の画も悪くねぇな。ニュースとかで絶対取り上げられるもんな」
和樹、洗面台の前で大きく背伸びする。
和樹「全国紙デビューも貰ったな。これなら梨香もご満悦だろ」
和樹は洗面台の縁に手をかけ、乾いた笑い声を上げながら、
和樹「あんなに色々犠牲にしたのに、このザマだ。ウケるよな」
真守は和樹の背中を見ている。和樹の笑いが止み、鏡の中で和樹と真守の目線が合う。真守が静かに切り出す。
真守「もう、握力、残ってなかったんだろ。あんなになるまで投げて、すげぇよ。兄貴は」
鏡の和樹を見つめ続ける真守。次第に和樹の表情が崩れていき、唇が震えだす。呼吸が乱れていき、小さく浅い吐息と共に、涙が一つ、二つと落ちていく。
ついに和樹は泣き崩れて膝を折る。ハンカチを顔にあてがい、叫ぶような鳴き声がトイレにこだまする。
握りしめたハンカチに書かれた必勝の二文字が、涙で濡れて滲んでいる。
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