見出し画像

紹介できない場所

朝から断水というチラシを貰う。
仕事だからと、たかを括ると水道管清掃をするチラシが入る。
在宅しなさいだった。

在宅していても断水なのかと思うと出かけるに越した事はない。


エンジン設計やエンジン製造を終了し始めている。
自分のお稽古事も今までとそのうち変化するのだろうかと考える。

エンジンからモーターになる。
自動運転になるかもしれない。

多分お稽古事はその頃消滅しているであろう。

エンジンと言う物が消えてしまう前にあれこれ見たいと言う気持ちから派生した場所に出向く。

青空が気持ちいい


場所は大江にある。
名古屋の人なら大江って言うとああ三菱重工関連だなぁって言う場所。
正解。

大江航空資料室です。

何故紹介できない場所かと言うと、写真撮影も筆記も全部ダメだから。筆記もダメって意外に少ない気がしたので余程なのかな?って思いながら出掛けました。

当日も身分証の提示も必要となります。

三菱重工が飛行機を作っていた時代の企業としての資料が大量にありました。自分は結局4時間いた事になり、2時間と言う決まりがあったのですが半分しか見れていないので、館員さんに泣きを入れたら快諾して頂き無事全部を見る事が出来ました。

大まかな展示内容
①航空機を作っていた頃までの企業の歴史。
これは企業として敗戦によりGHQにより企業の工場があちこち閉鎖になったりしていく様子が詳細に記録されており、この時点で筆記すらダメも理解できた。

②航空機の開発と量産までの歴史。
航空機ですが、哀しいお話になりますがほぼ軍用機の製作でした。
ア)海外からの技術提供に頼る生産
イ)自社開発エンジン製作
ウ)他社との競合並びに軍からの要望と戦争の激化 こんな感じです。


模型がずらりと並ぶケースの説明に目を落とすと
爆撃機
偵察機
などの言葉が並びます。

だからメモも何もかも不可なんだ。

お出かけ前は企業の歴史と言う観点でしかなかったのですが、ひどく納得できるのがその当時の軍の指揮系統など機密事項が並ぶ。

自分はどちらかと言うと開発製品化までの詳細な記録が面白い。

何度も試行錯誤してできた設計図。試作品の時点での問題の解決迄の経緯。
量産化させるためにあらゆる方向から検討が入る。技術者の好奇心がすごい。

昔後輩たちになるべくわかりやすいマニュアルを作っていたよねって思いながら見る。虎の巻的な指示が面白い。

終戦間近の開発になると物資と人員の不測からギリギリの開発が進められていて文章に見え隠れする苦悩が伺える。

最終的にロケットエンジン搭載の秋水の試作でこの展示は終了します。

四国新聞さんの写真。奥が秋水。


写真撮影もメモも不可なのですが幸い日経新聞さんに中の様子がわかるニュースがありましたので掲載しておきます。


内部の様子


戦闘機も基本相手の命を奪う物と思うと複雑な気持ちにはなりますし、その当時の陸軍や海軍からの仕様に対する指示などを見てなんとも言えない気分にはなります。

しかしこの膨大な資料、手書きかタイプで行うのですがそれだけでも手間なのに、さらにきちんと経緯などを記録していた事。何より素晴らしいのが後世に引き継ぐために、記憶から記録へと変換させた事。

平日の週2日と開館は限定的ですが、一度見てみる価値は十二分にあると思います。特に自分はメーカー勤務だったので現場の作業効率などをこの時代から行っていた事がすごいなぁと。

昨今メーカーの資質とかあれこれ言われてしまうが、この当時あれこれ気にすることなく一つの事だけに集中できた環境も平和と言う贅沢だけど羨ましいとも思えた。


写真撮影できるのはホールのみ。

三菱重工初の飛行機

時計台は大江工場のメインの建物です。

歴史を感じますよね

4時間も滞在していたので流石に足がくたびれてしまいました。

こういう重々しい建物はスキ

昔の資料の写真ままに残る時計台。

ちょっぴり切なくなりました。


※見学に行ってみたいと思われた方へ
まずキッズは全滅です(高校生以上)なのでお子様を連れては入館不可。
赤ちゃん連れもほぼ無理だと思います。
そして騒ぐとまずその場でつまみ出されます。(行けばわかる雰囲気)
あらゆる荷物を預ける事になります。(手ぶら見学)
予約かつ身分証提示です。
そして案内はありません。(タブレットが案内してくれます)
内容的に写真撮影が憚られるので写真撮影や動画撮影は完全不可。

これだけ厳重な理由もきちんと見学をされれば充分納得できる内容でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?