ガーベラの花
金山駅のだだっ広いコンコースから地下鉄に潜ろうとした時
「あれ?何処ぞのさんじゃない?」
と呼び止められた。自分が変わった名前だから聞き間違えじゃないだろうと振り返ると「だよね?」と言われてああと思い出す。ガーベラの花束を持つから転勤か?と思ったのが見えたのか「定年」と笑顔。
彼女は自分の事に関して適切な対応ができる数少ない人だ。そもそも接点がほぼ無いに等しいのに何故か助け舟をだせる。だからと言って仲良しじゃない。でも嫌われていないと思いたい。
そもそも助け舟を出されたいきさつも自分が仕事のへまをしたとか崖から落ちそうになっていたとかじゃなくてたわいもない会話からだった。
3月15日、花キューピットがこんちわーと職場にやってきた。
「何処ぞのさんいます?」
女子が一斉に自分を見た。
送り主は取引先のイケメン?エリートからだった。実は代表でイケメン?が贈ってくれただけで、個人的なものじゃないのだ。取引先は男性率が90パーセントとというか、社長の親戚のパートさん以外全部男性という所だったので、チョコが欲しいと社員さん達から言われていた。
妥当と思われる額を人数分デパートから直接持っていった。痛い出費以外何もない。
名前を見た人が運悪く、イケメン?エリートを知っていた。
「何処ぞのさんエリートさん狙い?」とフロア中で聞こえる声で言う。
「へ?」人類で初めて未知なる生物をみた位の頓狂な声をだしてしまう。大きな花を嫌みの様にフロアみんなに見せながらやってくる。
「どうぞ」
更衣室の出来事を自分は知らない。
多分尾ひれがついていたのだろう。
接点のない子が自分の話をしているのが聞こえる。
「見せつけだってさー」
社内の女性がザワザワしている時、想像通り彼女が助け舟を出してくれたのだ。
「第一贈るほうは自宅住所なんて知らないじゃない?アホなの?」
接点のない子はひるむ。彼女はその当時で既に上の立場だったから。
「でも普通花なんて贈らないでしょ?」
とフロアのメンドクサイ人の一人が言うと、
「彼女はお菓子とか食べないの知ってるでしょ?」畳みこむ様に言い始める。
「第一貴女が何か困ったの?それに貴女彼氏いるじゃない?」
「花を贈らない彼氏に文句言うのが先決でしょ?」
「彼女は○○(その会社)担当だから。自腹で贈った話をしてたじゃない」
もう誰もその場では言わない。安心してお礼も忘れていたから帰りになんとかお礼を言わなきゃと思いながら1日過ごす。
帰りがけに正直当惑する開店祝いの花レベルの大きな花束を持ちながら彼女を追っかけてお礼を言うと
「うるさいからね。言っとかないと」
とこともなげに言う。
「あの、良ければですけどお裾分け」と大きな花束を帰りに慌てて分解してバラを数本と小さな花をセットにしておいたものを渡す。
彼女はお花を習っていたのを知っていたから。多分花は嫌じゃない。
「あら?高価なバラばっかりいいの?」と言ってくるから凄い。良く気が付くなぁと感心。
自分のチョイスの理由を言う。「ガーベラが好きっていつもおっしゃるけどそう見えないので外しました」
第一ガーベラって雰囲気じゃないし。持ち物にもそんな風な花模様の物が無い。
「あら知ってたの?ガーベラって見栄えがいいけどまあ安い方でしょ?だから好きな花をガーベラって言っておけば無難だから」
何から何まですごいひとだなぁなんて思った。
彼女はガーベラの花束を持ちながら、嘱託として再雇用の話は引き受けず、近くの工場の事務のパートをするらしい。その会社ラッキーだ。
「何処ぞのさんに会えてよかったわ!平日に名古屋に来るって多分無いから。」確か四日市だっけ?確かに職場が無ければそんなに来ないよね。
時間も遅めだからとサヨナラを言う。
昔のトレンディドラマで出来る先輩役みたいな彼女はやっぱり変わらず。
ただね、薬指から金属が消えていたのは
少し驚いたけど。
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