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「2023年1月の名前のない珈琲 Thailand:旅に出るんだ。」

旅に出るんだ。

❏❏❏

1月の名前のない珈琲:Thailand

❏❏❏
「ねぇねぇ、これわかる?」

後ろの座席から、声が聞こえた。

わたしに質問していることに、すぐには気づけず、一旦、頭の中で考えてから、後ろを見た。

間隔の狭い座席の隙間はさらに狭かったけれど、朗らかな笑顔の女性が見えた。

その手には、出入国カードがあった。

初めての海外旅行だった。

小心者のわたしなら、少しばかり不安な気持ちを抱いていたに違いない。

でも、行き先はわたしが決めた国ではなかったし、手配も旅程もすべて整えられた旅行だった。

極端なことを言ってしまえば、パスポートと少しのお金を手に、この身ひとつさえあれば行けてしまうくらい整えられていた。

だから、わたしは、ただ、ワクワクしながら、飛行機の指定席に腰を下ろしたのだ。

「ねぇねぇ、これわかる?」

女性から声をかけられたのは、そんな時だった。

1月の名前のない珈琲:Thailandを口にしたとき、声をかけてきたあの女性を思い出した。

女性の手にある出入国カードの記載方法なら、初めての海外旅行に向かうわたしでも答えることができる。

女性に記載方法を説明しながら、雑談を交わした。

わたしの親より年配だったその女性は、わたしと同じように、初めての海外旅行だと頬を赤くしながら言った。

頬の赤さは恥ずかしいからではなく、気持ちが高揚しているからだということは、その笑顔からよくわかった。

とてもおおらかで朗らかな笑顔。

それは、1月の名前のない珈琲:Thailandのやさしくまろやかな味わいにとても似ていた。

名付けるなら、「旅に出るんだ。」にしよう。

そうだ。

入国管理カードを書き終えた女性が、「これ、お礼ね。」と差し出したお札は微笑みの国タイの紙幣だった。

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