「2023年3月の珈琲 Colombia:夜のさんぽ道」
あの夜の一瞬が、この珈琲豆には詰まっている。
Colombia:夜のさんぽ道
ひとっこ一人歩いていない
夜のさんぽ道
カーブミラーに
明かりがちらつき
自転車を漕ぐ足をとめた
そこは春が香る十字路だった
浮き立つ酸味が静かなコクに包まれる
阿佐ヶ谷や吉祥寺の出店へは、大きなリュックを背負い、自転車を漕いでいく。
それは、雨や雪が降っていなければ、秋も冬も変わらない。
まだ、春と夏に、自転車を漕いでいったことがないことに気がついたのは、その夜のことだった。
帰りは、陽が落ちてはいるけれど、そんなに遅い時間帯ではない。
それでも、人通りは数えるほどで、むしろ、ひとっこ一人いないときもある。
そういう道をさんぽしているように自転車を漕ぐの好きだ。
大きな公園を抜ければ、次の大通りまでは住宅街。
先の見えないカーブを曲がれば、十字路やT字路が押し寄せてくるゾーンがやってくる。
ここでは、前方後方の確認に加え、右左の確認も欠かせない。
ありがたいことに、それを見越して、カーブミラーが至る所にある。
いくつもの関門にさしかかる前に、自転車のスピードを少し抑えながら、カーブミラーを確認した。
あ、明かり。
カーブミラーの端に明かりがちらつき、自転車を漕ぐ足をとめた。
やってきたのは、自転車の後ろにお子さんを乗せたお父さんだった。
親子を見送り、自転車を漕ぎ出そうとペダルを踏み込むために、大きく息をしたとき。
甘い香りが、一気に鼻から入り、肺を満たした。
この香り、なに?
知っているのに思い出せない。
これは、絶対に知っている春の香りだ。
十字路に立ち止まり、大きく息を吸いながら考えたけれど、答えはすぐにはやってこない。
後ろから車が近づく気配を感じて、もどかしさを抱えながら、自転車を漕ぎ始めた。
春が香る十字路。
春の訪れは、静かな夜のさんぽ道にあった。
ある日、感じたこの感覚を表現したのが、「Colombia:夜のさんぽ道」だ。
夜の静かな住宅街の十字路は静かなコク、そして、春の香りは浮き立つ酸味。
あの夜の一瞬が、そこには詰まっている。
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