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私が持っている一番古い服:ニシザワ編

こんにちは、ニシザワです。

わたしが所有している服の中で一番古い服を紹介いたします。
あくまでも所有ですので、購入者はわたしではありません、私の母です。


一番古い服の話、その前に少しだけ。
私の子供時代の話をします。

むかしむかし、、、

私はエンタメ、ファッション、音楽すべてにとても疎い子供でした。
兄弟はおらずひとりっこだったため、おじいちゃんおばあちゃんとおままごとをしたり、お母さんとお絵かきしたり、お父さんと買い物がてらドライブしてもらう子でした。

服好きの母なのに私にはあまり服を買い与えず、知り合いの方からおさがりをいただいて着まわしていました。

親は特に音楽好きではなく車に乗るときは基本ラジオが流れていました。

出身地はまあまあの田舎でみんなと遊ぶとなると自転車を乗り回したり、鬼ごっこ、かくれんぼなど公園で遊び倒したりしていました。

実家は基本早寝家系で、中学に進学しテスト勉強のために夜更かししていると怒られました。(勉強していて怒られるってどういうこと?)

そんな家系だったので、基本的に同級生から世の情報を得ていました。


BUMP OF CHICKENを教えてもらったのも中学一年、
友達とお買い物に誘ってもらって少しずつ服への興味が湧いたのも中学一年、、、といった感じでした。


といっても爆発的に情報を吸収し始めたわけではなく、ちょっとずつ調べたり、テレビの見るチャンネルが増えたりという感じです。
服に関しても少ないお小遣いをやりくりしながら、少しずつ同級生の背中を追いかけていました。

それからそれから、、、


高校生になったころ、転機が訪れます。
仲の良い友人は私服の高校へ進学。
さらにその頃から古着ブームが起こっていました。新品で流行に沿ったデザインよりも、誰ともかぶらないような個性的な柄や、メンズサイズの服をだぼっと女子が着る流れが来ていたのです。

その頃私の周りにはセンスの良い友人、目移りばかりしてしまう古着屋さん、、、
でもバイトはできないし、お小遣いの金額もなかなかあがらない。
そんなニシザワは目を付けたのです、母のタンスに。


母の若かりし頃、まあまあ良い服を買っていたようでクリーニングされたその服たちを、まあまあな量タンスにしまっておいたようです。
かといって私が着るように、というわけではなさそうでしたが。

またありがたいのが、若かりし母とわたしの体型が近しく基本的にはどのアイテムも着用可能だったことです。


流行っている古着ブームはもはや母の当時の着用時代と被り、おさがりの派手めなニットを着ていけば「それいいね!どこで買ったの?」と聞かれ得意げでした。

この頃には音楽にも自発的に興味を持ち始め、好きなバンドのライブにも足を運ぶようになったり、好みのテレビドラマを見つけては毎週楽しみにテレビに張り付いていました。
(やっとクラスメイトと同等のエンタメ情報を収集できてました)


それから母のタンス荒らしはさらに加速し、引っ張り出してきたのがこのアロハシャツです。

ニシザワ 全体図編集後

ニシザワ タグ編集後

SUNMARI FASHIONS HAWAIIとタグが付いていたので調べましたがブランドについて詳しいことはわからず、、、


ただこのアロハは思い出を引き継ぎました。

こんな派手なアロハ着れないよ~と最初思いましたが、このアロハは父と母の新婚旅行時にハワイで購入したものだそうで、私も大切にしたい!と直感的に思いました。

派手でいつ着れるのかわからないアロハをとりあえず受け取り、数年後、私は着る機会を設けることができました。

あろは 街中

写真中央、歩道を渡っているのが私ニシザワです。

大学時代、友人とのハワイ旅行が決定し「絶対にこのアロハをハワイで着る!!!」と心に決めスーツケースに詰め込みました。

新婚旅行じゃないんかい!と自分でも突っ込みたくなりますが、可能性としてゼロではないのでその時までアロハにはもうひと眠りしてもらいます。


学生時代の私は「かわいい服をタダでゲットできてラッキー!」と思っていただけですがco:doの活動に参加している今、20年、30年経っても変わらず同じ服を着られていることはなんて素敵な循環なんだろうと思いました。

今回のアロハシャツだけでなく、ニット、ワンピース、スカートたくさんの洋服を親から受け継ぎました。

昔着ていた服たちをわたしが着ることで母も喜んでいますし、わたし自身服を長く、大切に切られているこの状況を快く思います。

ワンシーズンでサヨナラするなんて寂しいじゃないですか。
傷んだら直せばいい、汚れたら丁寧に洗えばいい。
私が買った洋服たちもこの先循環できるかもしれない、そう思い大切に着ていこうと思いました。

エンタメ、ファッション、音楽に疎かった少女時代が懐かしいものです。
あの頃からわたしが学べたことは大切なものを永く、共に生きていく楽しさなのかもしれません。

あろは

最後に、ハワイで購入したアロハシャツでディナーをする母を添えて。


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