見出し画像

部活で学んだ母と子の距離感

中1の時、先輩の勧めでバレーボール部に入った。

女子校ならではのイジメが待ち受けていた。

中高一貫校だったので、中1というのはダントツの下っ端。球拾いがメインの役割。

が、お前は透明人間だよと言わんばかりの無視攻撃を受けていたので、球拾いの球すら回ってこない日々。「楽チンやん!」と開き直れるまでの肝っ玉も、当時はまだなく、、、。

原因は色々あったのだろうが、一番大きな理由はおそらく、私が先輩と仲良くしていたことに嫉妬されたことだと思う。

一番キツかったのは、ちょいちょい届くイジメを先導するボスからの手紙。靴箱に入ってることもあれば、コバンザメ的な手下による手渡しの時もある。

内容は「死んで欲しい。いなくなってくれ。うざい。」という類のもの。

クラブの友達以外にイジメられている事実を知られたくない私は、その手紙をひっそりと読み、震える手で手紙を握り隠し、涙を堪えるしかなかった。

それでも、勇気を出して一度だけ顧問の先生に相談したら、「先生がこの事実を聞いたことが(イジメをしている子に)バレると、余計にイジメがエスカレートするかもしれないから、先生は聞かなかったことにする」と何とも間抜けな回答だけされ、事態は何も変わらなかった。金八先生やGTOみたいな世界は現実には無いのだと痛感した。

それでも堪えきれなくなったある日、母に泣きながら、こんな手紙をもらって苦しいんだと打ち明けた。

母は、その手紙を両手をわなわな震わせながら読んでいた。怒りのオーラが身体中から出ていた。

これを証拠に、学校や相手の保護者へ詰め寄りに行ったり、大問題にすることも簡単に出来たとは思う。

が、母がとった行動は違った。

急に立ち上がり、キッチンへ向かった。

チャッカマンを取り出し、シンクでその手紙を勢い良く燃やした。

そして、

「こんな事を書いて平気で人に渡せるような子は、心の貧しい可哀想な子。同じようにあなたと、私がこれにムキになったら、同じレベルの人間に成り下がる。」

と、言い放った。

私も、燃えていく手紙を見て

「あぁ、なんだ。こんな燃えて消えるものに、どうしてここまで苦しめられてきたのか。」

と、急に肩の力が抜けた。

その日以降、仲の良かった友達にも相談できるようになって味方が増え、バレーボールクラブへの未練もなくなり、転部したことで楽しい楽しい中学生活を送ることができた。

母の言葉に救われた。

母は、干渉し過ぎることなく、私が自分の力で問題解決できる道を示してくれた。

母親になった今、子どもが幼稚園や学校での悩みを打ち明けてくることが増えた。

過干渉にならず、自分で解決できる道を示せる親に私もなりたい。

#部活の思い出

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?