ブルーペイント
窓の外を見てみる。今日も外は青い。
手をのばして触ってみたら、きっとすごく冷たいんじゃないか。もしかしたら、触ったとたんにグンッと引っぱられて、あの青の中に溶けこんじゃうんじゃないか。そんなファンタジーを頭で考えながら、僕は黒いボードの方を向き直した。
四十人は座れる、普通の教室。窓側のいちばん後ろの僕の席をのぞいて、ほかの席はここにひとつもない。
だからクラスメートもいないし、先生もいない。教室に貼ってあるはずのプリントやカレンダーや、だれかの作品も何もない。ロッカーとそうじ道具箱はあるけれど、どちらも中身はカラ。
こんなフシギな教室で、僕は一人だった。
この学校はヘンテコで、僕たち生徒が、なにをやりたいかを選んで「学ぶ」ことができる。
校長先生っぽい人が最初に言っていたことを思い出す。
「どんなことも皆さんには学びになります。だから好きなことをしなさい」
やったー、と嬉しがる声や、どうしよう、と悩んだりする声があちこちから聞こえてきた。僕は悩んだ方だった。とくに何も考えず、ただ算数とか国語とかやるのかなぁ、と思っていたから、びっくりした。
そんな入学式みたいなことの後に、僕らは何がしたいのかを聞かれて、それぞれよくわからない機械の中に押し込められた。それで気づいたらこのヘンな教室にワープしていた、という感じ。もうわけがわからない。
考えてみたら、なんで僕がこの学校に入ったのかもよく分かってない。たしか僕は小学五年生で、その前の四年間はどこか別の普通の学校で、普通の生活をしていたような気もする。でもなぜか、はっきり覚えていない。
ひとりぼっちの教室は最初怖かった。教室を出ても誰もいないし、なぜか外に出るドアや窓は全部開けられなくなってるし、人の気配がどこからもしなかった。
チャイムは鳴るけど家に帰れないし、暗い学校で一人寝なきゃいけないと分かった時には本気で泣きそうになった。
けれど一週間くらい経ったくらいで、なんとなくこんなヘンテコな世界にも慣れてしまった。ちゃんと朝昼晩はご飯がもらえるし、毎日一冊、マンガや小説や色んな本が届くし、ずっとぼーっとしていても、誰にも怒られない。
ただ朝八時までに、起きて顔を洗って歯を磨いて着替えて朝ごはんを食べた状態で、窓側のいちばん後ろの席に座ってなきゃいけなかった。それだけはなぜか守らなきゃいけないらしく、やっぱりヘンテコだ。
僕はあんまり夜更かししないし、朝起きるのも早い方なので、この長い間ちゃんとルールを守り続けてきた。そしたら、「カイキンショウ」というバッジをもらった。よく分からないけど、ほめてくれている気がした。
今日も僕はぼーっと外を見ている。一人でこうしてる時間が、僕は好きだ。友達と遊んだりおしゃべりすることも嫌いじゃないけど、みんなたまにウソをついたりごまかしたりする。僕はそれにすぐ気づいてしまって、ついウソだよねって言っちゃうんだけど、みんな必ず怒ってしまう。大人もそうだ。お母さんやお父さん、おねえちゃん、近所の人、先生も、みんな直ぐにバレバレなウソをつく。僕はついそれをウソだと言って、いつも怒られる。だからなんだか人と話すのがめんどくさくなったし、誰かといっしょにいることが疲れてきた。
だからこうして、僕はいつも一人になる。見て見ぬふりをして、ファンタジーの世界を考えることがクセになった。
ああ、だから僕はあの時、校長先生に言ったんだ。
入学式のあと。あのヘンテコな機械に乗りこむ前に、何がしたいか聞かれたとき。
「誰もいないところで、ひとりでじっと考えていたいです」
それを聞いた校長先生がびっくりした顔をしたあと、とても優しそうにほほえんで、「いっぱい考えてきなさい」と言ってくれたことを思い出した。
あれからもう何日経つんだろう。
もしかしたら、もう一年経っているのかもしれない。だとしたらせめて、誕生日くらいは何か祝ってほしいのだけれど。
このまま大人になるのかな。でも小学校だから、いつかは卒業しなきゃいけないんじゃないのか。ヘンテコな学校だから、もっとトクベツな感じなのかもしれない。まさか、卒業するためのテストがあるのかも。
僕はぼーっと、そんなことを考えていた。答えはないけれど、それが楽しい。
これからの先のこと、ゆっくり考えてみよう。まだまだ時間はあるはず。校長先生も、いっぱい考えなさいって言ってたし。
いつかまたみんなと楽しく話して遊べるように、僕は今日も青い景色に、未来の自分を描いてみた。
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