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【エッセイ】旅館のアレを買った話

 この世に嫌いな人はいないと思うが、僕は旅館に潜む様々なあれこれが好きで仕方がない。最もポピュラーな一つは旅館の部屋にあるあのスペース。和室の端っこに襖がついていて、そこを開けると広がるアレだ。外を眺めるためだけに存在する1畳程度の空間に、おばあちゃんが座るようなちょっと低めの椅子と、オセロでもいかがかな?と言わんばかりのサイズの机がそこにはある。

 僕は旅館を借りるとき、できればあのスペースがある旅館を選びたいと考えている。あのスペースはあるが朝食がないプランと、朝食はあるがあのスペースがないプランであれば、即決で朝食を抜きにかかる。それほどまでに、あのスペースが好きなのだ。人はなぜ、あのスペースにそこまで魅力を感じるのだろうか。あのスペースが住まうことに関して必要なものであれば、どのアパートマンションにも付いていて良いはずなのだがついていない。クローゼット一個分くらいの価値はあると思うのだが。

 あのスペースに限らず旅館には非常に魅力的ないくつもの”アレ”が存在する。例えば、ヤニ臭いが非常に座り心地の良いソファが並ぶロビー。広いロビーを独り占めしてもいいし、色気のあるお姉さんがひとりいて、彼氏が風呂から上がるのを待っている、そんな風景もいい。ほかにはデパートの7階や少し田舎のしまむらにあるようなゲームコーナー。いつから閉じ込められているのか分からないプーさんやスティッチには、できればずっとそこにいてほしい。部屋の中で言えば、普段は絶対に使わない金庫や、寝る前におしゃべりをするためだけに存在する灯り、ホテルでしか見ないキラキラとした灰皿。

 お金はかかってしまうが、少しでも普段の部屋がそんなふうに魅力的になればと、旅館でしか味わえないグッズを少しずつ集めていきたいと思う。今日はお日柄もよかったので洗車に行き、帰りに気まぐれでリサイクルショップに寄った。なんとそこには、ホテルでしか見ないキラキラとしたアレが売っているではないか。誰が使っていたのか分からない灰皿など少し怖いと思ったのはほんの一瞬。リサイクルショップの誇りにかけて清掃されたそのガラスは、薄暗い店内の中でもキラキラと輝いて見えた。迷わず手にとりレジへと急ぐ。55円だった。

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