虐待対応フローは、子どもにとってベストなものだろうか?
児童福祉の観点では、子どもは家庭で育てるのが望ましいとしつつも、場合によっては親子分離が正当化されています。
親子分離などの措置は、親や子どもといった当事者の意見に関わらず、強制的に行うことができます。
なお本文中では、措置=「児童虐待が疑われる場合に、子どもを守るために強制的に行われる事柄」とします。親子分離や指導介入などが例です。
一時保護は措置に含みません。
日本では「児童虐待の疑いあり」となった場合、基本的に児童相談所の管轄となります。以下はかなり簡略化した図になります。
通告後は48時間内以内の安否確認を行い、必要な場合は調査や診断を行い、援助方針会議で支援方法(措置を含む)を決定します。
当然、他機関と連携をして行う(特に情報収集など)ことになりますが、決定権を持つのは基本的に児童相談所になっています。
このように、児童相談所が一括して行う(相談業務も行っています)のが、日本の児童福祉の制度上の特徴かと思います。
参考に、過去に児相の役割の変化についてまとめた記事があります。
扱っている範囲が広い上、通告件数も上昇し続けており、児相の業務過多が問題となっています。その対応策の一つとして、機能分離が挙げられます。
書籍等を読んでいる限りでは、おそらく「相談業務」を切り離すという方向が一般的だと思います。
しかし私は、「措置の決定権」を切り離すべきだと考えます。
1. 「措置の決定権」を切り離すべき理由
大きく5つの理由があります。まず1つは、前述した児相の忙しさの緩和につながりうるからです。
2つ目は、現在の保護者との関係性が悪化するからです。
制度上、はじめの安否確認から、親子分離や支援を決め、そしてその後の支援まで一貫して児相が関わります。
児相の内部で、支援と措置が別部署となっている場合が多いでしょうが、保護者からすれば同じ組織ですよね。
特にもし措置を行う場合、強制的なものであるため関係性が悪化する可能性が少なからずあると思われます。
措置を行った以降も保護者と児相の関係は続きますし、虐待の予防において支援業務は非常に重要です。
関係が悪化するとその後の支援に差し障りますから、相談業務と強権的な業務は分けたほうが支援する上では有効です。
この2つは、児相から「相談業務」を切り離す場合でも共通の理由です。
残り3つが、「相談業務」ではなく「措置の決定権」をこそ切り離すべきだという理由になります。
まず、措置とは個人の権利を制限するものであり、その決定は慎重になされるべきだと考えます。
それ故、「状況の把握」と「判断」は別機関が行うべきです。例えば「反抗的だから措置する」など、構造的に恣意的な運用になりうるからです。
その場合、個人の権利を制限するという特性上、現行の機関の中では司法に任せるのが適切だと考えます。この部分は、また後で述べます。
2つ目が、子どもの意見が尊重されていないことです。
子どもだから大人の判断に従わせれば良いという考えは間違っています。
その子の発達や理解のレベルに合わせて説明したり、意見を尊重しなければなりません。子どもの基本的人権になります。
子どもの意見に限らずですが、児相という同一機関内で決定まで行われ、判断の透明性はあまりありません。
子どもの立場で意見を表明する人、子どもの権利を守るために発言する立場の人は、(個人でそうあろうとしている人は存在するでしょうが)、仕組みとしてはございません。
そして3つ目が、その他の専門分野の意見が入りにくいことです。児相内部にも専門家はいるものの一部であり、自治体によってかなり異なると思われますが、特に子どもに関わる専門性を持っていない方も多いとも聞きます。
虐待対応は子どもを含む家族へのサポートであり、教職や福祉、医療、自治体など、多くのステークホルダーがおり、別々の目線から物事を見ています。
子どもの利益を最大化するためには多くの目線から考える必要があり、同一機関で全て完結してしまうと、子どもの利益以外の視点に流されやすくなると考えます。
2. 日本の裁判の流れ
ここで、やや遠回りになりますが、日本の司法、裁判の流れをここで簡単に説明しようと思います。
私見ですが、かなり洗練されているシステムだと思います。
刑事事件の場合、何らかの事件が起こったとき、捜査して逮捕するのは、基本的に警察です。逮捕は裁判所の令状が必要ですが、現行犯逮捕など例外もあります。
そこから検察に送られ、検察が起訴するか決定します。起訴した場合、事件は裁判所に移ります。
裁判では、検察官が被告人が罪を犯したことを立証し、弁護人が被告人を擁護します。判断は裁判官が行います。
このように刑事事件の場合は役割ごとに複数のステークホルダーが関与しており、出来るだけ中立な判断ができる仕組みを整えています。
これは全て、弱い立場にある被告人の権利を守るためです。
経済的な問題で不利益が生じないよう、国選弁護人制度まで整えられています。
3. 虐待対応の理想の流れ
見てきたように日本の刑事裁判制度では、対立関係(被告人、検察・警察)の外にいる裁判官が判断を下します。さらに、その対立関係で明らかに弱い立場の被告人には、権利を守るために弁護人が付けられます。
虐待対応においても、個人の権利を侵害する決定を下す必要があるという観点から同様の構成にする必要があると考えます。
具体的には、虐待通告があった場合に安否確認や状況確認を行う組織、措置の決定やその継続を判断する組織の2つに最低限分けるべきでしょう。
前者は児相(現行の法律を全て書き換えるハードルや、そのために整備された組織構造を崩すのが面倒なので・・・)、後者は裁判所が最も適切かと思います。
もちろん新たに組織を作るのも、選択肢としてあります。
下は大雑把なイメージ図ですが、便宜上、後者を「司法」と書いています。
また、子どもと保護者が対立関係にある場合も、特に高学年の場合は想定されます。当然子どもの方が弱い立場ですから、対等な立場で意見を表明できるようにサポートする人が必要です。
さらに付け加えるのであれば、保護者と状況確認を行う組織(現在の日本では児相です)の対立関係では、個人である保護者の方が弱い立場となります。
よって、保護者にも弁護人が付けられるようにすることが、権利を守る上では必要かもしれません。
個人的には、支援機能は必ずしも児相から切り離す必要はないと思っています。
保護者の陰性感情を決定者である司法に預けることができますし、行政からの命令と司法からの命令は趣が異なるからです。
安否・状況確認を行う児相がその後の支援を担っても、現在ほどの障害はないのではないかと考えます。
もちろん分けてもいいですし、厚労省は分ける流れで動いているように見えます。
4. 現行制度でも出来る?
裁判所の介入に関しては、児童福祉法28条1項があります。
これは、児相による措置の決定に保護者が納得しない場合は裁判により決定する、としたものです。
措置の決定を裁判所に移行するには改正が必要ではありますが、裁判所の介入が想定されていないわけではなく、当然NGではありません。
全国規模では無理ですが、例えば自治体レベルで試験的に導入することは可能であるように思えます。
子どもをサポートする立場も、裁判においては「子どもの手続き代理人」という制度があります。
これは、家庭裁判所において子どもが意見を表明するのを弁護士が援助する仕組みです。日本弁護士連合会が子どもの利益を守るために行なっている活動です。
本当、弁護士さんたち尊敬します・・・。
離婚調停などが想定された仕組みだそうですが、使用可能であるように思います。
このように必ずしも法改正が必要とは言えず、自治体レベルで実験的に行うことは可能ではないでしょうか。
5. 仕組みを変える問題点・ハードルについて
5-1. 手続きに時間がかかる
まず予想される問題点は、「措置の決定までに時間がかかるのではないか?」という点でしょう。
全くその通りだと思います。ですので、仮決定と確定で手続きを分ける必要があるでしょう。
一時保護中に暫定の方針を迅速に決定する(家庭に帰すのか、親子分離するのか、分離するならその形態)段階と、それ以降にある程度時間をかけてその後の措置を判断する段階です。
前者は差し迫る子どもの危機を回避するため、後者はそれに加えて判断の妥当性も評価することになると思います。
当然、両方とも司法が関わるべきです。
5-2. 措置を考慮するハードル
時間は短縮できても、作業がかなり煩雑でなるのではないかという疑問もあるでしょう。
児相内部を知りませんので、措置を決定するプロセスにあまり時間や手間をかけていなければそうなると思います。
であれば、結果的に措置を考慮するハードルが上昇することになります。
つまり、「司法に送るのが面倒だからこのまま家庭で見よう」というインセンティブとなる可能性があります。
生命に関わらない場合は十分にあり得る話です。
そのため出来るだけそうさせないインセンティブが必要です。
方向性は2つで、まずは手間を出来るだけ減らすこと。
ただし措置を考えるほどの情報収集をしているのであれば、必要なことはそれほどないように思います。
出来るだけ特殊なフォーマットを使わず、児相内部の資料と連携できるようにする、デジタル化する(手書きはしてないと思いますが念のため・・・)などです。
もう1つは、監視することです。
今の日本の状況で、措置数が減少することはあり得ないでしょう。
まずは数をしっかり追跡すること。
次の選択肢として質を保証するために、法的権限を加えた第三者評価をして、措置の判断が適切かどうかチェックすることが大事になってきます。
5-3. 司法の資源不足
次の問題点は、司法のキャパシティです。ここが1番のネックです。
司法に委ねる場合は、まずは家庭裁判所管轄になるのではと思うのですが、既に家庭裁判所はかなり多忙で、裁判官一人当たりの件数がかなり多いと聞いています。
虐待通告は増え続けており、措置を考える程度のものだけ司法に繋ぐとしてもかなりの数になりそうです。
じゃあ人員を増やすしかないよねーとなりますが、裁判官を増やすとなると予算も莫大になりますし、それ以前に法律で人数が規定されているらしく(裁判所職員定員法)、そもそもかなりハードル高いです。
裁判官以外が判断するのであれば裁判所である必要性が消えますし、この部分は要検討かなと思います。現実的には、自治体レベルで実験的に徐々に増やしていく方向になるのでしょうね・・・。
完全に関わっている人の志頼りになりそうで、我ながらセンスのない案でございます。
5-4. 予算
さて、次に子どもの手続き代理人についてです。問題点が、予算になります。誰がその人件費を出すのでしょうか。
制度としては、当事者負担(つまり保護者)が想定されています。
虐待に関連した文脈では、保護者やその他の大人と対立しうる、子どもの権利を守る仕組みですよね。
対立関係にあるので、自主的に保護者が負担するというのは楽観的だと思います。
ちなみに救済措置として、日弁連の基金による報酬援助制度が使えるようです。これは、弁護士さんたちの会費が財源です。
ですので、仕組みとしてこの基金を当てには出来ないですね。
仕事を増やして、しかも増えるほど弁護士さんたちが身銭を切るわけですから。
児童福祉ですので自治体なり公共が負担するか、保護者負担というルールにするかだと思います。
ここは論点となりますし、公共が負担するのであれば財源の問題が生じます。
報酬に関しては議論するポイントにですが、子どもを守る仕組みとして使ってもらうためには「子どもの利益を代弁する立場の弁護士を必ず置く」とルール化する必要があると思います。
ルール化しないと、金銭の問題から形骸化することが予想されます。
5-5. 司法の独立性
最後に、司法の透明性や独立性についてです。
平成28年の厚労省の検討会(児童虐待対応における司法関与及び特別 養子縁組制度の利用促進の在り方に関する検討会?)にて、以下のような事項が指摘されているようです。
自分は資料を読んで初めてその視点に気付いたという程度なのですが、憲法に触れるかどうかは議論すべきポイントなのかもしれません。
6. 今後の方向性についての考察
6-1. 司法関与について
このように、少なくとも一時保護に関しては、司法導入が進められています。
平成29年6月の児童福祉法改正で、2ヶ月を超える一時保護では親権者の意に反する場合、家庭裁判所の承認を得なければならないとされました。
資料にも、「第一段階として」「段階的に導入」などの言葉が見られ、少なくとも一時保護に関しては、裁判所・児相の体制を注視しながら司法介入が進められていく流れとなっています。
措置全般に関しては特に記載はありませんが、都道府県に保護者指導を勧告出来るように変えていたりと、措置の司法介入に関しても期待できるかもしれません。
下の記事のように慎重意見もあります。
一時保護への司法介入の影響によっては、方針が大きく変わるかもしれません。
すでに導入から数年経っており影響の判断期間に入っていると思われます。今後の議論の方向に注視すべきです。
少しそれますが、恥ずかしながらこの記事で、国連子どもの権利委員会の勧告を知りました。
日本語訳はこちらになります。
この分野では上手く外圧も利用したいですね。
6-2. 子どもソーシャルワーク専門職の創設について
最近のニュースで気になったのがこちらです。
「やっとか・・・」という印象ですが、専門性を高めるつもりは国もあるようです。
個人的には早く人数を集める意見に賛成です。
特に自治体内や児相、病院など、児童福祉に関わる場所に積極的に人数を配置すべきだと思うからです。
もちろん研修の質や、その後のキャッチアップ制度は気になるところです。
1人が何校も担当しているスクールソーシャルワーカーのように謎な運用にならないよう祈るばかりであります。
ただし記事中にもある、民間資格では法律に任用条件として位置付けられないのではないかという意見にも強く共感します。
おそらく国としては、公認心理士のように一度試してから国家資格化したいという考えのように見えます。
民間資格である臨床心理士も資格要件として上手く機能していたように思いますので、今回の資格でも上手くいくのかもしれません。
懸念点としては、一度作ってしまうと既得権益が生まれるので国家資格化するときに壁が出来ることと、専門性に疑問が残ることでしょうか(研修次第ではありますが、試験もないですし)
今までは資格すらなかった=明確な専門性がなかったので、それをきちんと認めていこうという流れですので、方向性としては歓迎しています。
7. 最後に
日本は児童福祉では大いに後進国であり、先達の仕組みを分析して模倣できます。
より正確に言うならば、子どものためを思うなら、変に自己流に走らずに素直に良いところを模倣すべきです。
0から考えるわけではないですし、子どもの人権を鑑みると、牛歩の如くであるとの感想を伴わずにはいられないです。
司法介入に関しては検討会のまとめを見ると、良い方向に進んでいるように思えました。
現在見られないポイントでは、対立構造において弱い立場を守る視点でしょうか。
具体的には重大な意思決定において、子どもを守る立場の人です。裁判においては、新たな資格を作るより、弁護士の専門性を高めた方が適していると思います。
数も裁判官に加えて圧倒的に多くハードルは低いですし、裁判以外においても法律の知識は武器ですから、適していると考えます。特に問題点も見当たらないですが、何か原因があるのでしょうか。
さらに付け加えると、児童福祉に関わる部署を第三者的に審査し、結果によっては法的根拠を持って勧告できる組織や立場が必要です。
児相に対しては実験的に民間で第三者評価が始まろうとしています。形骸化しないことを祈るばかりです。
この第三者評価に法的根拠を持たせることや、自治体・社会的養護の施設(すでに評価自体はあるらしいですが)・要対協などの関連組織にも外部の目を入れ、質を担保していくべきだと思います。
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今回、日本にとって大いに参考にできる国として、イギリスの児童福祉制度を紹介しようと思っていました。
しかし既に長くなってしまったので、またの機会にまとめることにします
イギリスを勉強していたとてもいいタイミングで、イギリスの児童福祉を改革したアイリーン・ムンロー教授が講演されると耳にしました。
その場が日本子ども虐待防止学会の第27回学術集会で、12/4、12/5に開催されます。
残念ながら私はオンライン参加ですが、とても楽しみです!
8. 参考
・子ども虐待対応の手引き 第3章(厚生労働省)
・一時保護の手続等の在り方に関するこれまでの議論等の概要(児童相談所における一時保護の手続等の在り方に関する検討会資料、厚生労働省)
・虐待相談の対応の流れ(東京都児童福祉審議会、平成26年度)
・児童虐待防止対策(厚生労働省HP)
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