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ユメと きみだけが知っている.

人、人、人、人。

今の世界ではもう、こんなに人が密集することなど有り得ない程に、人。

そんな多くの人が押し合って、押し合って、まるで波打つ 海のように見えた。

「待って!!」

360度。
その海に囚われ、うまく身動きが取れなかった。

波の先、何も無い空間にぽつりと置かれたひとつの扉は、流されるままに僕から遠ざかって行く。

「待って!! あなたは!!」

目が回りそうなほど波に弄ばれながら、必死にその人物を呼ぶ。今を逃したら二度と会えない、その誰かに。

その人は、白い扉の中に消えていった。

僕はどうしても聞きたいことがあって、腹の底から『何かの力』をグッと引き出した。
そしてその力を全身に纏うようにして、潰されそうなほどの人の波を、その大きな海を、前へ前へと強い力で押し、かき分けた。

_

ようやく辿り着いた扉の先は、真っ白で、何も見えなかった。それでもあの人を追うために、まずは指の先から、白い空間に触れてみることにした。

それはふわふわとした綿のような、にゅるにゅるとした液体のような、不思議な感覚だった。
恐る恐る、その白い'膜'のような何かに左足、左腕、右腕、右足と入れていく。
最後に残った頭は、深く息を吸ってから止めて、潜るようにして飛び込んだ。

一瞬、深海のようなビジョンが見えた気がした。

.
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流れ着いた場所は全く知らない世界のようで、何故だか知っているような気もして、
心が妙に、ざわついた。

立っている場所は、どうやら歩道橋のようなもので、空は気味の悪いほど白み、ぼやけていた。

その空の中にはぼんやりと星のような、青い欠けらたちが漂っていた。

まるで海のようだった。

_

辺りを見渡しても、何も無かった。
しかし歩道橋を右に降りると、次第に地面に砂の道が出来ていって、その先にはまた歩道橋が立っていた。

のぼって、おりて、のぼって、おりて。

4つめの歩道橋をのぼった時、真ん中に人が立っていた。

葉巻のようなものを咥え、茶色いコートを着た、長身の男だった。

──────ようやく探していた人に会えたと、僕は確信する。


深呼吸をする。
覚悟を決めてから、その人に声をかけた。

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「ずっと探していました、あなたを」

男はこちらに見向きもせず、笑った。

「ずっと?そりゃあ可笑しな話だな。
俺がここに来たのはつい最近のことだぞ」

男はふーっと白い煙を吐いて、また吸う。
その姿だけで絵になるような、美を感じた。

「それはあなたが忘れているだけだと思います。僕ずっと昔に、あなたに会ったことが……ある気がするんです」

確信を持っていたはずなのに何故か、段々と自信がなくなってきた。
僕が昔会ったのは、本当に彼だろうか、と。

「"忘れてんの"はそっちじゃねえか。ま、俺もお前みたいなガキは覚えちゃいねえがな」

_

────忘れている?

言われて、その言葉に違和感を持った。
忘れているのは僕の方かもしれない。

人の海に流されながらずっと、頭の中には、
『彼は記憶を失っているから』
という声だけが何処からか聞こえていた。

てっきり彼のことだと思っていた。

けれど、もしかして―――

_

「僕は、あなたのこと忘れていますか……?」

頭が混乱したまま、彼に問いかける。

「僕はあなたを知っている、知っているのに……わからない……!」

「あなたは…あなたは何だ……あなたは………誰だ !?」

全身が震えているのを感じた。
顔は下を向いたまま、上げられなかった。

(思い出さなきゃいけない、忘れてはいけなかった人なんだ、きっととても大切な人なはずで、けれど記憶が、記憶が………)

.

男は再び白い煙を吐いてから、はじめてその身体をこちらに向けた。
そんな彼の姿を見たくて、僕はゆっくりと顔を上げた。


────────金色に輝くその瞳の中に、
小さく巨大な宇宙をみた。

美しくて、恐ろしくて、懐かしくて、愛おしくて、寂しくて、嬉しくて、苦しくて。
色んな、コントロールしきれないほどの感情が一気に溢れて、息が出来なくなった。

そらせない"瞳"が数回瞬きをしたあと、
大きく息を吸って、吐いてから、



「 お ま え こ そ 、だ れ だ  ? 」




_


ハッとした。
そこは寝室で、ここは現実で、いつもの世界で、確かめるように、息をする。

こんなにもはっきりと、一瞬で、パチリと開眼した目覚めは、初めてだった。

ときは夕暮れ。
沈みかけた太陽を見て、ぼんやりと思う。


 『 彼は、僕は、誰だったのだろう 』

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