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[連載短編小説]『ドァーター』第四章

※この小説は第四章です。第一章からご一読されますと、よりこの作品を楽しむことができます。ぜひお読みください!
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_________本編_________


第四章 牢獄
 時たまに訪れる、夏の静けさが太鼓がポンと打つようにやってきた。
 早朝から巴枝と乙枝は目覚めて、元気よく階段を降りてくる。
 僕はそんな中、カレンダーに丸をつける。100日にわたる護衛のチェックだ。残り1ヶ月。すでに半日を切っていた。
 長女の乙枝が、すかさずテレビをつけた。彼女はテレビっ子である。僕が毎日朝にニュースを見るせいで癖付いてしまったのかもしれない。
 今日のニュースはかなり物騒な内容だった。
「昨日午後17時ごろ、Kからの予告通り、運搬中だった現金輸送車がハイジャックされました」まるで怪盗みたいだな。そう思った。しかしそれだけではなかった。「現金輸送車には、現金1,700億円が運送されていたとのことです。また、職員の拳銃一丁が紛失しており……」
「1,700おくっ、凄まじい数字だね。ね、パパ!」
 巴枝は僕に視線をむけ、目を丸くして言った。
「次のニュースです。A県B市の北山中学校周辺で誘拐事件が多……」
 僕はテレビから離れて、乙枝の質問は頷くだけした。そして朝ごはんの支度を颯爽と始めた。娘と笑って話をすることを僕には許されていない。そう思ったからだ。
 急にニュースの音しかしなくなる。さっきまで賑やかだった空間はなぜか静かになった。
「ねえ」その場の空気を変えるべく話し始めたのは乙枝だった。「パパ、今日のお弁当はな――」「今日もコンビニに行ってくれないか」急いで切り返した。少しキツく言ってしまっただろうか。でも、僕は彼女たちを愛してはいけないと思っていた。これで、これでいいんだ。そう自分に言い聞かせた。
「……うん、わかった」
乙枝はとても寂しそうな目をしていた。僕はとんでもなく申し訳なくなった。お前たちが悲しむ必要はないのに。だから、もう僕のことなんて気にせず、もっと違う誰かと、早く幸せになってくれ。本気でそう思った。
「行ってきまーす」
 玄関から濁った無邪気な声が聞こえた。「行ってらっしゃい」二人に千円札を渡し、見送った。
 こんな日がずっと過ぎていった。彼女たちの表情は次第に暗く萎れていくようだった。何もできない自分にまた、無力を強いる。僕には誰も救えやしないんだ。
 ついには、1日中会話すらしなくなっていた。そして、目も合わさない。一緒の部屋にいる時間も極端に減った。互いに距離をあけ、心を閉ざしていた。まるで最初っから他人だったように。

 日数だけが過ぎていった。今日まで娘たちは一度も危険にあったことはない。この100日は何のためにあったのか。一体何から守るために僕はいるのか、改めて思った。今日で残り10日を切った。
 最終日が近づいたためか、今日の今朝、一葉から電話があった。前置きが長く、本題をなかなか話さなかった。「二十二が百日間このお願いを達成できたら。私が責任を持って、二人をこれから育てていくから。安心して、あなたはそれからずっと自由よ」

 巴枝が家に帰ってこなくなった。好きなものを見つけ、没頭するようになった。帰ってくるのはいつも1時とかで、日にちを跨ぐのがほとんどだ。
 僕は最初こそ叱った。しかし、護衛開始から90日、何も起こらなかったのも事実である。さらに、何より中学生でもあり、思春期の頃だから、なるべく自由にしてあげたかった。
「17時以降は1時間おきに必ず連絡してくれないか」と言ってある。このことは本人も「もちろん、問題ないわ……」僕の事情も多少、一葉から伝えられているのだろう。
 そのことで、僕は巴枝と大喧嘩したことがあった。巴枝はよく僕の過去を聞いてきた。でも、僕はどうしても知られたくなかった。密かに二人を失うのが怖かったからだ。
 僕は次第にそんな自分を許せなくなって、娘を愛している自分を殺した。僕は二人との会話を減らし、他人と接するように振る舞った。それが原因だったのだと今になって思う。
 ”自由にしてあげたかった”これは僕の言い訳だ。巴枝を遠ざけたのはこの僕自身だった。
 寂しかったんだと思う。巴枝は母を失い悲しみに暮れ、愛を求めた。そんな時、父である僕と出会う。幸せそうだった。毎日笑顔に満ちていた。
「パパ、あの子、前までは表情ひとつ変えなかったんだよ」乙枝がそう言っていた。
 でも今は、まるで感情が無いようだ。しかも、最近は友達関係でも上手くいってい無いようだ。
 昨日、ちょうど二者面談があった。担任の先生は申し訳なさそうに言った。「巴枝ちゃん、どうやら少数グループの中で、いじめられているそうです」言葉が出なかった。あんなに落ち着いていて、優しい子がどうしていじめられるのか理解が追いつかなかった。
 いや、だからこそかもしれない。だから、僕に愛情を求めていた。ずっとずっとあんな小さい子が耐え続けてきたというのか。
「どうして!」そんな考えなくてもわかることなのに、理解できなかった自分を問い詰めた。これは巴枝に、ではなく。僕に対しての疑問。
 守れてないじゃないか、苦しめているじゃないか。何が絶対に守るだ。一体なんなんだ。僕はなんなんだ。
 僕は頭の中で自問自答をなん度も繰り返した。
 巴枝は辛そうに僕に言う。巴枝に気がつけば知らない一面がいくつも生まれていた。「もう今更やめになんてできない!」
 僕はついに思い知る。
 取り返しのつかない場所まで離れた時、僕はやっと彼女の本音に気がつく。しかし、その時にはすでに巴枝は見えなくなっている。

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続ける。毎日続ける掌編小説。31/365

To be continued..

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