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five realities 〜執着〜 (1)

姉ね 
寒いね
 
 眠れねえのか 

姉ねの股に足を入れろ

布団の中で足をもぞもぞと動かし
冷え切った足をすりこませてくる

 あったけい

小さな声で囁き目を閉じる末妹の肩を抱き

 明日は畑の合間に仕掛けに
ドジョウが
かかっているか見に行こう

 うん
目を閉じたまま
嬉しそうに返事をする

妹を愛おしく見つめた

日本海からの寒気が吹き込む村
繁忙期を迎える早春
家族の生活が左右される小作人は
必死で農作業に勤しむ
これから秋にかけて
家族の生活が左右されてくる

子供たちは学校にも通えず
畑や家の仕事で一日を終える

産まれた子供が
男児なら代々の畑と墓を守り
両親の最後を看取る

女児であれば八つを迎えた年に
米一俵の値で売られていった

それでも家族が半年は白い粥を食べられる

不作や自然災害に見舞われた年に
売られる娘たちは口減らしとして
二束三文で売られていった

夕餉の片付けをしていると

 明日は畑に出なくていい
 秀さんが連れてきた人の言うことを聞いて
 しっかり奉公してこい
おっ父はそう言うと居間から出て行った

翌朝 

畑に出かける両親を見送り
秀さんが来るのを待った

昨夜はおっ父が寝てから
おっ母に呼ばれ一緒の布団に入った
 リンは賢い子だ器量もいい
 この村のことは忘れろ
 おら達のことも忘れろ
 そして少しでも幸せになってくれ

すすり泣くおっ母に抱きしめられ
おっ母の匂いに包まれて眠りについた

秀さんが連れてきた
男は
リンの小さな荷物を持ち歩き出した

男の歩調に必死でついて
村はずれに停めてあった
荷馬車に辿り着いた

兄貴
今回は最初から上物ですよ
こりゃ高く売れる

兄貴と言われる男と目が合う

 お前は泣かないんだな
 
怖くはないのか

何と答えればいいのかわからず

男を見つめる

しばらく考え
昨夜のおっ母との会話を思い出した

 家族のためだから
 それに
おっ母は少しでも幸せになれって
言ったから

男は息を吐きながら笑った

いくつもの村に立ち寄り

娘たちが乗せられてきた

親元から離され遠くに連れていかれる
乗り込む時から泣き叫ぶ娘や
恐怖で声を発することさえ出来ない娘
自分が背負った人生がどんなものなのか
想像ができない

ここで終わりだ

しばらくすると最後の娘が
荷馬車に乗ってきた

六人の娘を乗せ峠を越えていく

木々に囲まれた視界が開け
急に明るくなった

海だ

綺麗だな

村から出たことがない娘たちは
はじめて見る海の美しさに声を上げた

故郷との別れを一瞬でも忘れさせてくれる

キラキラした光景を眺めながら

港へ向かっていった

港には大きな船が停泊していた

だんなお待ちしておりました
今日は凪いでいるので
陽が暮れる前には
着きますよ

よろしく頼む

男は船夫に金を渡し

船に乗り込む娘たちに
手を貸していく
リンの番になり差し出された手を握ると
 名はなんという

 リンです

これからは村での暮しとは
比べものにならない生活がはじまる

男が
お前は幸せになると言ったな

街に行けば綺麗に装い
読み書きや芸事も教えてもらえる
それを幸せと思うか

お前のおっ母のように
村で働き家族と一緒に暮らせるのが
幸せだと思うか

幸も不幸もお前次第

どんなことがあっても
歯を食いしばって耐えろ
おっ母との約束を忘れるな

頷くリンを見届け
船に引き上げた

船がゆっくりと動き出す
もう
戻ることはできない

娘たちが泣きだす

リンは涙をこらえ

離れていく浜を見つめながら

わたしは幸せになる

そうつぶやいていた

初めて船に乗った娘たちは
小一時間ほど進むと船酔いで
泣く気力さえ無くし甲板に横たわっていた

太陽の光が反射した海は銀色に輝き
遠くで跳ねる魚が水しぶきをあげる

リンは胸を押さえながらも
二度と見ることが出来ないであろう風景を
何一つ見逃さないように
しっかりと目に焼き付けていった

西の空に太陽が翳りだし
空を真似て海が赤く染まる

陸が見えてきた

船夫が言ったようにもうすぐ到着する

夕闇が迫る港に
一つ一つ明かりが灯っていく

もう直ぐ着くぞ
港にはたくさんの船が泊まり
荷積みをする男たちがいた

三味線が鳴り響く屋形船
男女の楽しそうな笑い声

初めて見る煌びやかな夜の街は
娘たちを驚かせた
 さあ忘れ物するなよ

港に着くと待っていた男達に
船夫が綱を投げた
 
男達の中にいた少年が
綱を掴み引き寄せる

周囲の喧騒に目を奪われていた娘たちも
大きな男達をみて
自分が置かれている立場を思い出し
また泣き始めた

 今回は六人です
船夫は男から金を受け取り
夜の街へ消えていった

 政 俺たちは見回りに行ってくる
先に置屋に連れて行って風呂に入れてやれ

 
さあおいで
少年について歩き出す
置屋までの道は昼間のように明るく
美しい音色が響き渡っていた

笑い声が溢れる店の前で止まった

政に
招かれた店は
今まで見たどの店より大きく
店前に並ぶ女郎の数も多かった

店に入るリンたちを見つけた

女郎が声をかけてきた

 可愛らしいお嬢ちゃんたち
 ここでたくさん楽しむのよ 

女の言葉に大きな笑い声があがった

声のした方を見ると
声の主は

悲しそうに微笑んでいた

翌朝からは掃除 洗濯をはじめ

客を起こさないように宴の片づけをし
昼に間に合うように
飯の支度をする

 今日の味噌汁は美味しいね

気だるそうに座っていた女たちが

一斉に箸をつけはじめた

白飯と漬物に味噌汁

良い客がついている女郎は
馳走してもらえる機会もあるが
殆どの女郎は一日一食で過ごしている
それでも白飯が食べられるだけ有難い

昨夜は盛況で
宴の片付けに人手がとられてしまった
高級食器を子供に扱わせることは出来ず
代わりにリンが飯の支度に駆り出された

見たこともない大きな鍋で
大量の味噌汁を作る

畑から大根を抜いてきて
皮は細かく刻み湯で煮て
皮が柔らかくなったら大根を入れ
最後に油で炒めた葉を入れ
残すことなく具に使いきった
具たくさんの味噌汁が出来上がった

政がいつの間にかとなりに立っていた
褒めてもらえたな
政が微笑んでいる
政は廓で花魁に産み落とされた子だった
リンたちより3つ年上で
目鼻が整って
美しい顔立ちをしていた

澄んだ瞳は青みがかり
不思議な色を放っている

昨夜も感じた
初めて会ったとは思えない

目が逸らせない
見つめ合うことが当然のことのようで
瞳の奥から発せられる光は
懐かしく温かい気持ちにしてくれる

遊郭では女郎が子供を身ごもると
子を流すしかなかった
金の工面が出来なければ

どんな手段を使っても子を流す

それは店のためでもあるが
稼げなくてはいつまでも年季があけない
もし命を落とすことになったとしても
それはそれで幸せだと思う
女郎も少なくはなかった

しかし美貌と才覚を兼ね備え
周囲を魅了する

花魁になると話は違う

花魁を贔屓とする旦那衆は
それ相応の名声と財をもつ

偉人の嫡出としてのちに
大金をうむ可能性がある子を
身ごもったのなら
選択する権利は花魁にある

たとえ先の保証がなくても
男児なら世話人とし女たちの身の回りで働き
女児なら花魁候補として育てられる

政が大男たちと共に
店の仕事をしていることを
不思議に思ったが

政の役割は来たばかりの娘たちに
廓の仕来りや
姉さんたちについた時の仕事や作法を教え
ここでの生活に慣れた娘たちに
手習いを教えていく

リンも三ッ月を過ぎると
一通りの仕事を熟せるようになり
政と過ごすようになっていた
読み書きや算術

村では労働で一日が終わっていたが
ここに来て自分の時間を持ち
学べる楽しさを知った
そして何よりも褒めてもらえることが
嬉しくて仕方がなかった

一年を過ぎる頃には
政とふたりで娘たちに
手習いを教えるようになっていた

政と過ごす時間は楽しくて
目が合い笑いかけてくれる
それだけで元気がもらえた

 今日はこれでおしまい

政が懐から出した包み紙

色とりどりの金平糖が包まれていた
 みんなで食べなさい

 いつもありがとうございます

そっと受け取り分け与える
娘たちは初めて見る金平糖に
目を輝かせ
口に入れた瞬間
甘く溶け出す口触りに驚いた

部屋から出ていく姿を目で追う
今日も政と過ごす時間が終わる

切ない気持ちと
溢れ出す温かい想い
それが恋だと認識するには
まだ幼かった

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