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  • 揺らゆら | 連載小説

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揺らゆら #2 | 小説

前の話 夏らしく清涼感のある、さわやかな音楽が街に流れている。行き交う人びとはアスファルトを鳴らし、足早に駅に向かって歩いていく。 街の景色を水色に彩る音の発信源は、道路脇に刺さっている電柱みたいに大きなスピーカーではなくて、わたしの両耳に挿した小さなワイヤレスイヤホンだった。他の人たちの耳には、おそらくわたしが知り得ない、別の音が届いている。街のBGMは、一人ひとりに与えられるのだ。 疲れているときは民族音楽を聴く。ケルトの笛、アイルランドのパイプ、軽快なフィドル。地球の

    • 揺らゆら #1 | 小説

      湯気を見ていた。 うす白いもやもやが、視界の下から上に向かってゆるやかに立ち昇り、消えていく。わたしは目の前を通り過ぎる湯気をゆっくり視線で追いかけながら、けむりにもよく似たこの湯気に関して、いくつかのことを思った。 いち、ここには空気の流れがある。 に、ここには水分がある。 さん、ここには熱がある。 よん、いちからさんのことが目に見えてわかる。 ご、トマトとにんにくのにおいがする。 ろく、まばたきをすると、湯気のかたちが変わる。 いつか寒い日の動物園で、大きくてくさいゾウ

      • ふたり暮らし2年目

         ひとり暮らし、実家暮らし、くらしのかたちは人それぞれいろいろあるけれど、じつはわたし、女ふたりでルームシェアしてるんですよ。それを言うとほとんどのみんなは「へえー! どう、たのしい?」と興味を持ってくれるので、いつもうれしい気持ちで話す。今日はわたしの気に入っているくらしの話をさせてくださいね。  ひとりで住んでいた家が寒くて引越し先を探していたわたしと、新社会人になるので家を探していた高校の友達が、ルームシェアをはじめることになったのは、最初は完全に勢いだった。「え、い

        • 4月28日|泣き止んで花のにおいに腹の虫

           休みの日に家で食べるものはだいたいふとんの中で目をつぶったまま丸まりながら考える。冷凍庫に鶏もも肉の塊が一人前ぶんあったのを記憶している。新玉ねぎも野菜かごに一玉残っていたっけ。玉ねぎって数え方は一玉であってる? 玉ねぎという名前に引っ張られてない? ええと、卵もあるから親子丼ができるけど、なんとなくお米よりパンの気分だ。冷凍庫に最後の食パンがあったはず。ふだんそんなに飲まないくせにローソンでパケ買いしてしまった牛乳1000mlも、はやく使わなくてはならないな。12時を過ぎ

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