4月28日|泣き止んで花のにおいに腹の虫
休みの日に家で食べるものはだいたいふとんの中で目をつぶったまま丸まりながら考える。冷凍庫に鶏もも肉の塊が一人前ぶんあったのを記憶している。新玉ねぎも野菜かごに一玉残っていたっけ。玉ねぎって数え方は一玉であってる? 玉ねぎという名前に引っ張られてない? ええと、卵もあるから親子丼ができるけど、なんとなくお米よりパンの気分だ。冷凍庫に最後の食パンがあったはず。ふだんそんなに飲まないくせにローソンでパケ買いしてしまった牛乳1000mlも、はやく使わなくてはならないな。12時を過ぎてからベッドをのろのろと離れ、今日はだれにも会わないので雑に身支度をして、らくなかっこうでキッチンに立った。
冷凍庫を開け、釘が打てそうな鶏モモ肉を一秒見つめて、そのまま扉を閉じた。君には悪いが解凍するのがめんどくさい、もう少し眠っていてくれな。
食パンは一斤で買って、太めにカットした最後の一枚。ちょっと考えて、それを半分にスライスした。8枚切りってこんな感じかしらという薄さ、これなら卵液もふんだんに浸み込んでくれるでしょう。フレンチトーストはパンの真ん中のまんなかまで卵と牛乳が浸みてうす黄色にならないと、ちょっとゆるせない。どれぐらいゆるせないかっていうと、たとえば小学校の帰りの会で、せんせー!フレンチトーストが中まで浸みてませんでした! って挙手するくらいゆるせない。
あまいのとしょっぱいの、どっちにするか悩んでからどっちもつくることに決めた。なんてったって今日は休みだから。卵と牛乳をかちゃかちゃ混ぜて、無印で買った保存容器に流し込む。透明でレンジにもかけられるやつのいちばん大きいサイズ、食パンがきれいに二枚並べて入れられる。この商品、フレンチトーストをつくるためにあるって言っても過言じゃないと思っている。
保存容器ごとレンジに入れて、600Wで30秒チン。こうするとふしぎなことに、卵液がはやくパンに浸みる。ひっくり返してまた30秒。一晩漬けておくとか、待ってられないから。フレンチトーストを食べたい気持ちはいつも突然にやってくるのだ。冷凍パンは浸みにくいので、もう30秒レンジにかけてみる。いつもこのへんで卵が固まってしまわないかひやひやする。こわいときは20秒にしよう。いつでも前に進んでいたいけれど、守りの姿勢もときには大切なのだ。
菜箸で持ち上げたパンがすっかり重くなって、卵液がほとんどなくなったら、けむりが出るくらい熱したフライパンにバターをひとかけ溶かして焼く。じゅわっと激しい音がして、ぷうんとバターのにおいが鼻腔にからみつく。料理は自然のヒーリングだってだれか料理家が言っていた。めらめらと青い火、つめたい水、指の腹にふれる食材、切る音、焼く音、混ざりあうにおい。わたしはそれらに救われる。いつもいつも救われる。
いちごジャムをたっぷり載せたあまあまのフレンチトースト、目玉焼きとウインナーを添えたあましょっぱいフレンチトースト、テレビをつけずに味わった。中まで浸みてとろとろになったパン生地をフォークでぷつりと差し、持ち上げ、くふふ、とほほえむ。開け放した窓、カーテンの隙間から春の風が入ってくる。だれにも主導権を渡さないわたしの休日はまだはじまったばかりだ。
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