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17の夏

自転車の車輪が勢いよく回る音が、耳元で鳴る風の向こうから聞こえる。両足を投げ出して、脱げそうなローファーをつま先に引っ掛けた。八月の日差しの中、勢いよく坂道を下る。夏休みの生ぬるい登校日の記憶を、風が吹き飛ばしてくれるような、そんな気がした。

17の夏


朝から騒がしい教室は、日によく焼けた肌の生徒や不自然に黒い髪色の生徒で溢れていて、夏休みの充実度指数を見せびらかされているようだった。私は自分の席が、まるで初めて座る場所のように心許なく、落ち着かなかった。変わり映えしない自分の黒い髪を撫でつけて、イヤフォンを付ける。終礼での先生の話も、雑音のように、私の頭には届かなかった。  

一日のスケジュールが終わり、教室が一気に騒がしくなる。席から立ち上がる前に窓の外を覗いていると、早々に教室から消えていたクラスメイトたちが、笑い声をあげながら校舎の横を歩いていくのがみえた。あまりにも眩しいその姿に、まるで画面の向こうの映画の世界を生きているのようだったと思った。私は萎んだ学生鞄を持って、席を立った。

生徒の気配が薄くなった校舎は、主が居なくなった家のような寂しさがある。下駄箱前の簀の子の上を歩くと、カンカンと高い音が玄関に響いた。下駄箱から取り出したローファーを胸の高さから落とす。先ほどよりも高い音を立てながら、靴が地面に転がった。靴を履こうと足先をローファーに入れると、朝より窮屈に感じた。ふくらはぎを指先で押すと、痕がじんわり残った。

坂を下りきったところにあるコンビニに寄ろうと、お店の前に自転車を止める。私と同じ制服をきた生徒たちが、ビニール袋を提げてがわらわらと出てきたところだった。丁度鳴り出した踏切の音を聞いた彼からは、すぐ裏手にある駅に向かって走り出した。彼らは大きなカバンを持ち、笑いながら隣を通り過ぎてく。私は入れ替わるように入店して、花から花へ飛ぶ蝶のようにふらふらと棚と棚とを移動した。最終的に、サイダーとアイスキャンディーを手に取って、会計を済ませた。一度クーラーに冷やされた体が、店の外に出た途端に先ほどよりも強烈な熱気に包まれた。ペットボトルの蓋を開けてサイダーを勢いよく飲み込むと、喉の奥がじわじわと痛む。隅々まで甘ったるくなった口に、アイスキャンディーで追い打ちをかけた。まだ硬いアイスキャンディーを、思いっきり噛む。ミルクの味が、舌の上に広がった。アイスキャンディーを銜えたまま、再び自転車にまたがると、力いっぱいペダルを漕いだ。青々とした稲が風に揺れる田んぼ道を抜けて、橋を越え、川べりへ降りる大きな階段の前にたどり着いた。

夏の日差しに充てられたコンクリートの階段は、制服の上からでもわかるほど熱かった。萎んだ学生鞄を座布団にして、腰を下ろす。目の前の川では、ボート部の生徒たちが練習中だった。水面を滑るように移動するボートを目で追いながら、私は大きく息を吐いた。誰とも会話せず、目も合わなかった今日を思い出して、視界がゆっくり滲んでいく。耐えきれなくなった気持ちが溢れて、コンクリートに染みを作った。

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