【短編小説】真っ暗闇は理不尽の前触れ
暗い。何も見えない。寒い。痛い?
ここはどこなのだろう。僕は何故こんなところにいるのだろう。
体が動かない。何かに貼り付いたように、筋繊維の一本一本までが固まってしまっているような感覚がある。だが本当のところはわからない。動けないし、見えない。
確か、いつものように仲間たちと食事に出かけて、それで――。
ダメだ。思い出せない。どうしたんだっけ。僕はどうなったんだっけ。仲間たちは無事なのだろうか。せめてそれだけでも解ればいいのだけど、陽の射さないこんな場所で、どうやって確かめればいいのかどうか。今はとにかく水が欲しい。
水、水――。
あぁ、朦朧としていたようだ。ここにきてから随分経ったような気がする。腹具合では2食抜きといったところだろうか。そんなにも長い間、ほんの少しも動かないでいた――動けなかった経験はなかった。僕の体は無事なのだろうか。そういえば感覚がなくなっている。寒くて寒くて仕方がなかったような気がするけれど、今は何の刺激も感じない。寒くもなく、痛くもなく、痒くも、辛くもない。当然温かくもないけれど、寒くて痛いよりはかなりマシだ。尻尾の先が痒くても、どこにも擦りつけられないのでは大変だから。
仲間たちの微笑ましい悪戯を思い出す。尻尾の先をつんつんと突つかれて、僕は尻尾の先が痒くてたまらなくなる。でも僕の体は短いから、どうやっても尻尾には届かない。だからどこか適当なところに擦りつけて痒さを散らそうとするけれど、仲間たちが立ちはだかってそれを許してくれない。あの時は痒さで気がおかしくなるかと思った。
状況を覆すのは思いの外簡単だ。ちょっとした隙を突いて仲間の尻尾をつんとしてやれば、今度は僕が邪魔する番になる。そんな遊びの何が面白いのかと大人たちが笑いながら見ている。僕らは楽しくて仕方がなくて、何度も何度も突っつかれ役を入れ替えて遊んだ。そんな遊びの何が面白かったのかは、今の僕にはほんの少ししかわからない。
ほんの少しの楽しかった記憶が、僕をどこに連れていくのかはわからない。『楽しかったあの時』を知っているから僕は今寂しいのだろうか。でも、こんなに暗い場所にいたら誰でも寂しくなってしまうような気がする。だから『楽しかったあの時』を、例えば僕が持っていなかったとしても、やっぱり寂しくなっていたのだろうなと、そんな気がする。
みんなはどこにいるんだろう。
真っ暗で、何も見えなくて、体が動かなくて、何の感覚もない。少し前は寒くて、痛くて、辛かったけど、今はもう大丈夫。体はもう、あるのかどうかさえ分からなくなってしまった。
ここは死後の世界なのかもしれない。魂が体から抜け出して、天国か地獄へ向かっているところなのかもしれない。あの世は凍りつくような寒さだって、誰かが言っていた。きっと体があったら行けない場所なんだ。体を捨てて、魂だけで行かなければいけないんだ。だって寒すぎるから。体は寒さを感じるし、それは辛いし、尻尾の先が痒くなっても擦りつけられるところがない。だから自然と魂だけが抜け出せるように、とても寒く、痛いくらい寒くなっているんだ。
そうか、僕は死んでしまったのか。
死ぬのは痛くて怖いことだって聞いてたけど、気付いたら死んでいたなんて、なんだか得をしてしまったかもしれない。最初は寒くて痛かったけど、何かに食べられたりするよりは随分マシだったと思う。
あいつらは尻尾でも体でも好きなところに牙を立てて、僕が痛くても、きっとやめてくれなかった。丸のみされたらもっと大変だ。きっと怪我をして傷だらけなのに、狭い喉に無理矢理押し込まれて、体を溶かす部屋で死ぬのを待つんだ。体を溶かされたことはないけど、それは我慢できないくらい大変なことだと思う。多分尻尾の先が痒くてたまらないことの、その次くらいに辛いんじゃないかと思う。そうならなくてよかった。いつの間にか死んでいたのは本当にラッキーだった。痛いことなんて、僕は嫌だからね。
一緒にいた仲間たちが心配なのは変わらないけど、みんな僕と似たような状況だといいな。どうしても思い出せないけれど、きっと大丈夫。僕たちは悪いことなんて何にもしてないんだから。苦しい目に遭ってる筈が――。
突如、闇を裂く光。
「せんせー! これ外に出しとけばいいのー?」
「あはは、かちこち!」
「おう、理科室まで運んどいてくれ」
「えー、くさーい、おもーい」
「文句言うなよ。こんだけたくさん釣ってくるの大変だったんだからな」
「釣ったのー? うそくせぇー」
「これで何するの?」
「淡水魚の解剖だよ」
妻も遊んでいるようです。
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