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【短編小説】問題の多い報告書

 宇宙は観察対象である。観察期間は延べ3カ月に達しようとしているが、宇宙と書いてソラと読ませることを最近知った。紛らわしいので、以後ソラと表記する。
 ソラを観察対象に選んだのは、言わずもがな私ことエージェント〇〇(書類上に名前が残るのはよろしくないので伏せさせていただきました。誤表記ではありません!)だ。選定理由を記載しろとのことだが、実のところ特別な理由はない。強いて挙げるなら、健康そうで太っても痩せてもいなかったから、ちょうど良いと思ったのだ。
 これだけを聞いて、真面目にやれとか、やる気を見せろとか、つまりは殆ど同じニュアンスの小言が幾つか頭に浮かんでいることと思う。これを読んでいるということは、あなたは私の上司かそのまた上司である可能性が高い。であるならば、部下の仕事ぶりを評価、是正しなければならないのは理解できる。文句があるなら謹んで拝聴するつもりだが、怒る前にまずはこちらの言い分を聞いてほしい。数多ある砂粒に個性など求めないだろう? と、そういうことだ。(論破してみました)
 
 お怒りはごもっともだが落ち着いてほしい。私が選んだソラという若い男は、調査対象としてとても良い――あるいは最も優れたサンプルだったと確信している。私にはそういった『良い』ものをうまいこと引き当てる勘のようなものが備わっている。運と言い換えてもいい。より理解しやすい言葉にするならば、才能である。私には才能がある。
 私には才能がある。(2回書いてみました。いい字面でしょう)
 前置きが長くなりましたが、ここまでをよく念頭に置いてから、この報告書を読み進めていただきたい。(別に伏線とかそういう話じゃないですよ。給与査定に稀有な才能の分を上乗せしてほしいということです。言外の意というものは得てして伝わりにくいものでして、しばしば曲解されてしまいますからね。はっきりと申し上げておきます。お金欲しいです)
 
 さて、ソラという男がこの3カ月やったことといえば、周囲の散策と、自慰と、ひたすらに喋り続ける。この3点に尽きる。食事も入れれば4点だ。あ、もしかして睡眠も数えた方がよろしいのでしょうか。でしたら5点です。(全然尽きませんでしたね笑)
 
 最初の一か月弱。彼は比較的マシな建物を拠点として、日々歩き回っていました。歩き回ると言っても、私が徹底的にやりましたので、崩壊した建物やその瓦礫に足をとられ、探索範囲は遅々として広がりませんでした。結果としては、直線で5km程度の往復が一日の行動限界だったようです。
 移動だけならもう少し距離を延ばせたのでしょうが、彼は生活を継続させなければなりません。その為にどうしても欠かせない食料を、スーパーやコンビニの残骸から掘りだすのに苦労していました。彼ら人間にとっては、コンクリートはあまりにも重く、硬く、壊すのも退かすのも難しいようでした。(丁寧語の方が筆が乗るのでこのままいっていいですか?)
 
 既にお判りでしょうが、人間はエネルギーの供給、循環を体内で完結させられない前時代の構造を持つ生き物でした。つまり食べなければ生きていけないのです。
 ですからソラは、比較的損傷が軽微な建物から、主に缶詰などの保存食を拠点に持ち帰り、貪るように食べ、その後少し泣いて眠る――こういったサイクルを次第に確立させました。次第に缶詰の消費量が減り、散策に出ることも減り、『泣く』時間が増えていきました。『泣く』という行動は全くもってエネルギーの無駄でしかありません。ソラが何故、毎日毎夜『泣く』のか、ただでさえ貴重なエネルギーを無駄にするのかは最後までわかりませんでした。(要追加調査です!)
 そんな面白みのない生活が続いて、さすがの私もこれは失敗したかなと思い始めました。残す人間を間違えてしまったかなと思ったわけです。(私の辞書に失敗という言葉が載りかけました)
 しかし一帯の生き物は根こそぎ処分してしまいましたし、観察対象を変えようにも、全くの仕切り直しでは具合が悪いなぁと(予算も少ないですし)。ですから、観察の段階を進めてみようと思い至ったのです。これが大成功でした。
 
 『孤独における生活』の次の項目は『孤独における生殖』の調査です。
 ソラの体を簡単に調べてみたところ、なんと人間は、自己複製や単体生殖さえできない生き物だったのです。前述のように他の生き物はいませんから、ソラは生殖しようにも相手がいないのです。思い返してみれば、彼は時たま、思いだしたように自身の陰部を露出させ、刺激を与えては子種を撒き散らしました。私はそれを特殊な生殖方法だなぁと呑気に眺め、子種が成長するのを楽しみに待っていたのです。しかし子は一向に成長する様子がありません。ある時、これはおかしいぞと彼の体を調べてみると、彼のその行いには発散以外の何の意味もないことがわかったのです。
 そうです、まさかまさかの、単なる手慰みだったのです!
 それがわかってから暫くは、その滑稽さに大いに笑わせてもらいました。貴重な子種を無為に撒き散らす様は、生物としてあまりにも愚かで、本質から最も遠いところにありました。それがおかしくておかしくて、文章で伝えきれないのが残念でなりません(文才がないというのが私の唯一の欠点なのです)。しかし面白いのは最初だけでした(コメディの悲しい宿命ですね)。いつしか、必死に陰部を擦る彼を、私は哀れむようになっていました。そんなことで子供はできないよと、何度教えてやろうと思ったことか知れません。
 そこで私は、彼にツガイを用意してやることを思い付きました。笑いを通り越した哀れというものは、斯くも惨憺たる光景なのかと思い知らされたのです。しかし新たな個体を作り出す権限は私に与えられておりませんでしたので、仕方なく彼の認識に手を加える方法をとりました。先刻発売されたばかりのデバイスで脳を少し弄るだけでしたので、大した手間ではありませんでした。(私物なので経費の請求はしません。文明の利器に感謝ですね!)
 ある朝ソラが目を覚ますと、彼は嬌声を上げ、全身で喜びを表現しました。まるでバナナの山を見つけた猿のように。
 彼のツガイとなる予定だった雌が突如目の前に現れたのです(あくまでソラの認識の中では、ということです)。彼は雌に飛びつき、抱きしめ、ひとしきりその感触を味わっていました。(彼が抱き着いたのは私が見つけてきた人体の骨格標本でしたが、脳に細工をしてあるのでバレずに済みました。ちょっとひやひやしたのは内緒です笑)
 約2カ月ほど孤独に生きたソラにとって、他のどんな生物とも邂逅を果たせなかった彼にとって、それは宇宙創成よりも意味があることだったのです(自分を人類最後の生き残りだと思っていたようですし)。
 
 雌を得た彼の生活は一変しました。それまでは、死んでないという事実の上に生きていることを認識している風がありました。生きる喜びや実感がなく、事実として『死んでいない』ことを自我が知らせている。だから逆説的に自分が生きていると判断できる。というようなロジックでしょうか(詩的になっちゃいました)。
 彼は、雌が俯きがちなこと、言葉を話せないこと、自ら動こうとしないことなどを都合よく解釈して、その解決に乗り出しました。
 雌は骨格標本なので姿勢が安定しないだけなんですが、彼には『突如として人類が消失した世界を目の当たりにし、ショックで言葉と心を手放してしまった儚げな少女』に見えているらしく、その唐突な出現や、そんな人間が2カ月近くどうやって生きてきたのかなど、不審な部分には考えが及ばないようでした。
 彼らは元々ツガイだったこともあり、そこには並々ならぬ執着が伺えました。ソラは雌と一切離れようとしなかったのです。雌の状況を知ったソラは、雌を背負いながら、車椅子を探しに出ました。あまりにも軽い雌を背負い、一切の返答がない会話をしながら、やがて病院跡に辿り着いたソラは車椅子を見つけます。砂や瓦礫を掃い、可能な限り車椅子を清めたソラは、そこに慎重に雌を座らせました。雌は不自然にしな垂れているだけで何の反応も示しません。それでもソラは満足気に頷いていました。
 その後ソラは拠点を病院跡に移します。2カ月を過ごした住み慣れた拠点を引き払ってまで引越しをするには、それなりの理由がありました。
 車椅子を得て拠点に戻ろうとしたところ、瓦礫にタイヤを引っかけて、雌が投げ出されてしまったのです。雌は骨格標本ですから当然受け身を取れず、頭から落下してしまいました。そんな事態を引き起こしたソラは甚く反省し、雌が二度と怪我をしないよう、考えを改めます。雌と行動を共にするのではなく、保護することにしました。監禁と言い換えてもいいかもしれません。
 病院跡で見つけた、頑丈な部屋に清潔なベッド。そこに雌を寝かせ、入口を極力塞ぎ、可能な限りの食糧と衣料品、薬品類を運び込みました。安全の為に窓も塞ぎました。咄嗟に逃げられるように、一か所だけ塞がなかった窓から、雌が外を眺められるように配置してあります。
 何だかんだ一週間ほどで引っ越しは完了しました。全ての作業が終わったのは夕方でした。ベッドから外を眺める物言わぬ彼女を、夕日が照らしています。必死に積み上げたバリケードはとても頑丈そうで、これなら彼女を守ってくれるだろうという安心感がありました(ソラが口に出して感想を述べたので一人称です。私がバリケード作りにちょっと手を貸したのは内緒です)。
 
 何はともあれ、新しい拠点が完成しました。
 その夜、ソラは久しぶりに一人で泣きました。
 何故『泣く』のかは、やっぱりわかりませんでした。
 
 明日からは雌の心を取り戻すために行動するようです。手始めに「君が好きだった花を探しにいってみる」と骸骨に告げていました。
 シクラメンという不思議な名前の花だそうです。ちょっと調べたところ、篝火花という別名がありました。まさに彼の今後を照らす篝火になるかもしれませんね(私は詩人だったのかもしれません)。
 シクラメンが東京近郊に自生している可能性は極めて低く、発見には時間がかかるかもしれません。その時は、もしかしたら私がまたちょっとだけ手助けしてしまうかもしれませんが、どうでしょうか。査定に響くでしょうか(ソラに愛着がわいてきちゃいました。査定に響くなら我慢します)。
 もし問題があれば早めに連絡をください。
 近いうちに関西方面での実験も開始します。
 
 また報告します。


この作品は、ランダムに選出された3つの単語からイメージを膨らませたものです。

【文明の利器】【シクラメン】【生き残り】
ランダム単語ガチャ

1週間ありがとうございました。以降書ける日に更新します。

妻も遊んでいるようです。

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