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【短編小説】新月は見えている

 僕らにとっての祭囃子とは、大人たちがベルトを着けるときに、金属がこすれ合ってカチャカチャと鳴る、その音を指す。それは毎年この時期にだけ鳴ることがある。鳴らない年もあるが、鳴らない年はみんなとても悲しい顔で季節を見送るので、できれば鳴ってほしいし、できれば早めに鳴るといいとみんな思ってるし、できれば次は自分の番だといいなと思ってる。

 祭囃子が鳴る条件はこうだ。夏で、天気が良くて、風がなくて、影が居なくて、新月であること。つまり毎年3回か、多くても4回くらいしかチャンスがない。新月であっても風が出てればダメだし、天気が良くても影が居たら台無しだ。この条件が全部満たされる日は確かに僥倖で、珍しくて、有り難くて、切なかった。

 外の天気は窓から見えるし、砂の舞い方で風の有無がわかる。新月以外の日は、影がずっと月光を食べているのでやっぱりわかる。新月の日は、暗くていろいろ見にくいから気を付けなければいけないけど、全く見えないよりは窓がある方がずっといい。命がけで窓を付けてくれた人がいたのだと聞いた。その人のお陰で、安全なシェルターの中にいながら、外の事がわかるようになったのだと。

 感謝してもしきれない。と、大人たちは口を揃える。

「感謝しきれなくなると、しきれなかった気持ちはどこに行くの?」
 僕は聞いてみたけど、ちょうど、タイミングよく、誰にも聞こえていないみたいだった。返事がなかったということは、僕は僕だけが聞こえる声でしゃべってしまったのかもしれない。それか、大人たちの耳が急に、一斉に、壊れたのかもしれない。僕の耳は、幸い、まだ壊れたことはない。

 祭囃子の全部の条件が満たされた日、つまり今日は、誰かが来る日だ。 誰か、は誰か、なので、今はまだ誰も知らない。でも、昨日窓から見えた、影に食べられていた人とは違うんだと思う。

 毎日毎日、誰か、は、ずっとずっと遠くから歩いてきて、シェルターの扉を叩いて、窓を見つけて、窓から僕らを覗き込んで、窓を叩いて、影に食べられていなくなる。その間じゅう何かを叫んでいるようにも見えるけど、外の音は何も聞こえないからわからない。
「どうせ聞こえないのに喉が痛くないのか」
 僕はいつも聞いてみるけど、返事を貰えたことはない。やっぱり大人になると耳が壊れてしまうのかもしれない。僕の耳はいつまでも壊れないでほしい。

 新月。誰か、が、シェルターの扉を叩いている。音はしないけど、振動でわかる。振動がすると、今日の当番の人が窓のところまで歩いていって、砂を見て、風の有無を計り、月光の有無と、影の有無を見る。条件が整っていたら「クリアだ」と告げて、前の誰か、が着てた防護服を引っ張り出してきて、ベルトをカチャカチャとやりだすのだ。

 当番の人の準備の音と、誰か、が扉を叩く振動と。

 僕たちは、誰からともなく、大人も何も関係なく、扉の前に集まっている。当番の人を見送りたい人と、僕のように、誰か、が持ってきてくれる食糧を少しでも多く集めたい人とが入り乱れて、全員でおしくらまんじゅうをしているみたいだ。一瞬の気の緩みでベストポジションを奪われてはやり切れないので、みんな真剣にやりたいけれど、年に一度のお祭りを楽しみたい気持ちが滲んでしまうのは、誰にも責められないだろう。体の大きい大人が有利なように見えるけれど、僕はしゃがんで、足の隙間に潜り込んで狙えるので案外獲得成績に差は出ない。生きるのに必要な食料を確保できなかった大人は減ってしまうけど、僕も生きなくてはいけないので諦めてもらうしかなかった。来年もこのお祭りがあるかどうかはわからないのだ。譲ってあげられる余裕はあまりない。

 当番の人が防護服を着られたら、大人たちはお別れを済ます。ひとしきり挨拶が済むと、示し合わせたようにすっと静まりかえる。それを合図に、当番の人が扉に手をかけ、開け放つ。一年に一度しか開かれない扉を。今日、この日にしか開けられない扉を開くのだ。すぐに、外で待っていた誰か、と入れ替わり、扉が閉められる。当番だった人は、外へ消えていく。遠くへ消えていく……のだと思う。正直、僕は確認したことがない。だって当番だった人の行く末よりも、外からやってきた誰か、が防護服のマスクを外し、誰か、を卒業していることの方が重要だろう?

 それは食料獲得のお祭りが始まる合図なんだから。

 でも、今年は、お祭りにならなかった。

 開け放たれた扉から影が入り込み、今か今かと待ち構えていた大人たちの上半身と下半身を分離させて外へ帰っていったのだ。瞬きをするかどうかという刹那、それは既に起こった事として確定していた。僕は大人たちの足の間に蹲っていたから、未だに僕を僕と認識できている。これはきっと僕にとって、僕だけにとって、良い結果だったのだろう。何故ならば、影は僕を取りこぼしてしまったのだし、僕はこの結果に至った原因を考察することができるのだから。

 それができるのは、僕だけなのだから。


この作品は、ランダムに選出された3つの単語からイメージを膨らませたものです。

【祭り】【シェルター】【気の緩み】
ランダム単語ガチャ

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