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祇園祭と京都とわたし

今年は祇園祭の山鉾巡行がなくなった。そして鉾建てもなくなった。こんなことを書くと怒る人もいるかもしれないが、残念な一方でほっとしている。それはコロナがこれ以上広がらないからとか社会全体のことを考えた末の感情ではない。

子どもがいるから今年の宵山をはじめとする行事にはもともと行けなかった。ゆえにもし行事が執り行われていたのなら、悲しさと焦りと悔しさをどこかに抱えながら7月を過ごしていたはずだからである。

祇園祭は7月のあいだずっと続く祭りで、1日の切符入に始まり、30日の疫神社の祭礼で幕を閉じる。鴨川から神水を汲むお水取り、からの神輿洗い、鉾建て、曳きぞめ、宵山、山鉾巡行、花笠巡行等々。ある町内では町内の人々が観音さまを担いでまわる「あばれ観音」という面白い行事もある。そんな風に7月中は京都の街のどこかでなにかしらの行事が行われている。お世話になったガイドさんに聞いたところ、その数は数えきれないし10年近くまわってもまだ観れてないものもあると仰っていた。だから祇園祭は楽しいのだとも。本当に、私もそう思う。

そして7月こそが京都の本当の姿だと私は思っている。

祇園祭の期間中は街が、人々が祭に染まる。日ごろ自転車が行き交う通りには大きな鉾が。囃子方の方々は仕事を休み鉾にあがる。日常と地続きの非日常なのだ。この非日常こそが京都の本当の姿、つまりオモテで、7月が終わるとくるりとウラを向き、素知らぬふりで次の7月まで過ごしている。京都とはそんな街だと私は思っている。

だから今年はそんな京都の本当の空気を味わえないことに、7月になる前から悲しみを感じていた。ゆえに巡行が中止になりほっとしたのだ。そういうかなり個人的な感情だ。

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京都の行事の中では祇園祭が最も好きな私だが、元々こんな風ではなかった。京都へ進学して初めての祇園祭。大学の友人たちと宵山へ繰り出したわけだが、正直めちゃくちゃ雨が降ったことしか覚えていない。あと友人が伊武雅刀を見つけて興奮していたことと。あまりの人の多さに私は見ることができなかったのだけど。つまり山鉾も伊武雅刀も見ることあいかなわず私のはじめての宵山は終わったのだ。

そんな私が祇園祭を好きになったきっかけは、とある鉾の町会所に貼ってあった巫女ボランティア募集の貼り紙だった。大学4回生の時。四条烏丸の美容室で髪を切り、その帰りたまたまそれを見かけて「学生最後の思い出にやっとくか」みたいなノリで応募した。

奉仕は宵山までの4日間(3日間だったかな)、夕方から深夜まで。巫女装束を着て交代制でちまきやグッズを授与した。交代するとき、普段鉾が仕舞われている蔵の前を通った。そこを覗いていると女の人は入ってはいけないと町内の方に説明を受けた。

ある日、奉仕が終わった後、私たちはご厚意で鉾に上がらせてもらった。そしてお茶席でだされていたお菓子のおこぼれをいただいた。町会所の二階ほどの高さがあるそこから見下ろすと、四条通をゆく人々が屋台や提灯の明かりに照らされひしめいていて、まさしく宵山万華鏡だった。夢みたいだった。自分はたしかに京都の中にいる、そう思った。正直、巫女ボランティアをしたときのことはぼんやりとしか覚えていないのだが、その光景だけははっきりと覚えている。

そしてそのあと食べたかき氷の冷たさも。巫女装束から着替え、普段着で屋台のかき氷を食べる私たちをもう誰も振り返らない。さっきまではカメラを向けられたりしていたのに。それがなんだかおかしかったことも覚えている。

山鉾の上、上品な京菓子。なんて雅なんだろうと思った。あのとき私はたしかに京都の中にいた。一方で、古文の授業で習ったあづまもののことが頭に浮かんでいた。いやしい田舎者。そんな自分が、京都の、町のど真ん中の祭に潜り込んでいたのだと思った。そして潜り込んで分かった。私は絶対に、一生、本当の意味でこの中に入ることはできないと。目の前にあるのに入れない蔵と同じなのだ。

次の日、私は巡行を見に行った。紋付袴を身につけ堂々と四条通を歩く、昨日までそばにいた町内会の人たちを、沿道からただ見ていた。その日の夜、私は熱を出した。灼熱の中、傘もささず帽子もかぶらず見ていたからかもしれない。けれどもあれはきっと祇園祭の熱にうかされたのだと今でも思っている。

絶対に入れない。分からない。だからこそ知りたくなるのかもしれない。以来、私は毎年山鉾をすべてまわるようになった。

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あれから10年近くの時が経ち京都のことを小説で書くようになり、私は折にふれてあのときのことを思い返すようになった。中に入ることのできない人間が書くということはどういうことか。できないことばかりの中で、できることは何か。まだ答えは出ていない。ずっとずっと考えながら書いている。これからも考えながらずっと書き続けたいと思っている。

読んでいただきありがとうございました。サポートしてくださると本づくりが一歩進みます。