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私の男女の友情の話(続編)

9月下旬ごろ、私は「私の男女の友情の話」にて紹介した男女4人グループのひとり(男)とジムに通い始めた。

週2~3回のペースで朝、夕方、夜の空き時間を2人で見つけ、車じゃないと行けないような場所にあるジムに行くのだが、これがまあ楽しくて仕方がない。

「私ばかりこんなに得して大丈夫?」
と毎回彼に言ってしまうほど、私はジムそのものにも、ドライブ中に彼とする会話にも虜になってしまっている、そんな気がしている。


ちょうど1年前、関わり始めた頃の彼は、図体が大きいことから目立っていたし(?)、いっしょにグループワークをすることになったときには、なんだか人任せな感じなイメージだった。

けど、ここ最近彼と色々話すようになって、私がただネガティブな側面ばかり見ていただけで、彼は彼なりに、自分のポリシーとか価値観をちゃんと持っていて、それに基づいて行動しているのだということを知った。

それに加え、どことなくなよなよしている私に対しては、ふつうの友人との会話ではそうそう出てこないような、少々トリッキーな提案をしてくれたり、私の気分みたいなものを察知して、朝のジム後にカフェでのモーニングを提案してくれたりと、至れり尽くせり。


あるとき、私がジムに入るためのカギを忘れてしまい、わざわざ早朝に車を走らせてまで来たジムの手前で「あ・・・鍵忘れた・・・」と絶望したとき。
呆れられるかと思いきや、すぐさま「じゃあ公園で散歩しようぜ」と提案してくれた彼には本当にびっくりした。


「おいおい、こんなデキる男だったっけか」と錯覚しそうになるほどに、いろいろな相談にのってくれて、私の言葉をうまく咀嚼しようと努めてくれている彼には感謝しかない。
ありがとう。


・・・でも、私たちは付き合っていない。


なぜなら多分、お互いにその気がないからである。


私は私で、今年の春に苦い経験をしたし、彼も彼で何かあるのだろうと思う。

けど私はそんな曖昧な関係性に救われている。

もし、私が彼と付き合ったら、彼氏彼女の間で「ふつう」とされるような行為に義務感を覚えてしまうし、きっと関係性に終わりがあることを悲観して、まともに一緒にいられない。
そして、「何でも話していい」相手として、自分自身の容姿も性格を卑下する思いや言葉がより一層出てきて、彼にストレスを与えかねない。

だからこそ、今の関係に私はただ安住してしまっているけれど、彼はどう思っているのだろう?

私自身、彼に与えられているものは少ないし、自分の弱さをひけらかすばかりに思えてどことなく申し訳なく思っている。

まあそんなこと考えていても仕方ないから、
私は次のジムを楽しみに、彼からの連絡を密かに待つだけなんだけどね。

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