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短編

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#SF

愛犬家

モシッ
帰宅し鍵を閉めた瞬間耳に障る、人間の声に似た低音が目前の暗闇から鳴って身体を硬くした。飼い犬(以下リチャードと名前で記す)以外は誰もいないはずの空間である。泥棒。不審者。強姦魔。質素な暮らしの独身男性(プラス1匹)の安マンションに?肉声にしては随分とザラついたその音に更なる疑念と不安が腹に広がるのを感じる。宇宙人。幽霊。そうだ、この盆は墓参りに行かなかった。化けで出る元気のあるような婆さん

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天国と自殺

「よっ」
天国.comにアクセスし登録時に渡されたIDとパスワードを入力すると、自室のパソコンの画面に見慣れぬアバターが出現した。事前に登録だけしてあったものの、やはり葬儀の準備などで時間がとれず、結局このサイトに訪問するのはこれがはじめて、式やらなにやらすべて済んだあとになってしまった。叔父とは直接会うことはあっても、スカイプはもちろん、電話すらしたことがなかった(やりとりはいつも手紙が主だった

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悲嘆に暮れる

本来僕が最寄駅に到着するあたりで稼働しはじめるはずの冷房はもちろん、部屋の明かりすら点いておらず、帰宅間も無くおかしいなと思うと同時に、居間にうつ伏せで倒れている彼女の姿を発見した。
故障かしら。
そう思った。動いているときは人間同然だが、電源を切ってしまうと機械にしか見えないから不思議だ。四肢から力が抜けた様は猫の死骸というよりは障害物に引っかかったまま力尽きたルンバを連想させる。それゆえ、倒れ

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知能/情報

「人工知能は恋をしないってほんと?」
僕はこいつに意地悪をするのが好き。質問に反応して、正面の真っ黒な瞳がこちらを見据える。十五度顎を傾げ前髪をさらりと揺らす。眉をひそめて何か言おうと口を開く。一度つぐんで、また開く。その動きはすべて計算されているものだ。有機的な美しさというよりは、幾何学の美しさ。一瞬ため息をついてから彼女は答えた。
「仮にも恋人の私にする質問かしら」
高すぎないのに透き通る声。

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