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喫茶店百景-だいすきなおじさん-

 小さいころにかわいがってくれたおじさんの話。

 Tというおじさんは、父の同年代でよくコーヒーを飲みに来ていた。ふたりの娘がいて、下の子は私と同じ保育園に通う同い年のA子。おじさんには弟のYがいて、ここの家の息子も同じ保育園の同い年だった。家族ぐるみでは弟家族の方が仲が良く、Tおじさんは店に来るときも我が家にくるときも奥さんや娘を連れてはこなかった。家庭と離れたやすらぎが欲しかったのかもしれない。

 我が家と、Yおじさんちの家族、Tおじさんともう一人仲良しのおじさんとはしょっちゅう集まっていたし、季節になれば屋外でのバーベキューに出かけた。運動会でもかたまってレジャーシートを広げるし、保育園のイベントでもだいたいこのメンバーでつるんでいた。

 Tおじさんは、恰好がよかった。背が高く、浅黒いハンサムな顔は都会的だった。俳優みたいな笑顔で、口を開くと低めの渋い声で話す。もてたとおもう。私のような愛想のないチビにも優しく、店にいるとお菓子を買いに近所に連れ出してくれるなどした。

 私が小学校にあがってからだったとおもうが、Tおじさんは離婚をした。ふたりの娘は母親と暮らすことになり、おじさんにはいつの間にか若い恋人Uがいた。おじさんとUは、店によく連れだって来た。私は、おじさんが「A子のお父さん」というのはもちろんよく理解していたし、A子のお母さんのこともわかっていた。でも同時に、Uがおじさんの恋人というのもわかっていた。子どもと言うのは素直なのである。

 おじさんはUと一緒に部屋を借りた。店からは車を使うくらいの距離で、つまり歩くには遠いのである。ときどきおじさんとUは、私を部屋まで遊びに連れていってくれた。新しいマンションで、きれいで、日常と違う遊び場がうれしかった。

 娘のA子とは小学校も一緒である。休み時間に話すくらいの仲だった。私が、「昨日A子のお父さんチに連れて行ってもらったよ」とそんなことを言ったとおもう。Aから返ってきた言葉を私は忘れられない。

―——私、お父さんの家教えてもらってないんだ。

 予想もしなかった。まずいことを言ってしまったとおもったけど、取り返すことなどできない。傷ついたようなさみし気なA子の顔。これからは、おじさんの話はしないでおこうと心に決めた。

 ある日おじさんは病を得た。ガンだった。入院が続き、あっさりと死んでしまった。私は高校生になっていた。
 ガンで痩せ弱ったおじさんの隣では、もと奥さんと恋人Uの縄張り争いが繰り広げられていたと聞いた。おじさんを、もっと労ってほしいとおもっていたが、子どもが口を出せることではなかった。おじさんは何をおもっただろうか。

 いっぱいかわいがってくれたお礼をひとつもできていないのが今でも心残りとなっている。会いたい。

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