【小説】塚山りりか氏の矜持、世界激変を添えて:第2章その2「その歴史は繰り返すか」
“2020年/2019年度 疾風怒濤の”
手術の終わった部屋を片付けながらりりかはふと、昨年末のニュースを思い出した。武漢市の感染症は確か新型のウイルスだったはずだが、このご時世、そいつの越境は容易にできてしまうのではないか?
一度気になると妙に仕方がなかったので休憩時間にテレビを見たが、持続可能な経済開発についての話題が繰り返されているだけだった。いや、一瞬だけワールドニュースのコーナーで武漢市外にも感染が広がっていると触れられていたが、その伝え方は対岸の火事然としていた。
だが、その様子が変わったのは、数日後、いや数週間後か、とにかく横浜に帰港した客船にそのウイルスの感染者がいたと分かってからだ。
「お、今話題のウイルス!」
え?りりかは視線をテレビから外し、ふらりとやってきていた瑠偉に聞き返した。瑠偉はまだ聞いてない?と話し始めた。
「昨日、うちを受診したタクシーの運転手がこのクルーズ船の乗客を乗せた事があってね、風邪の症状があるからって来たんだ。事前に電話してきたから別室で対応したんだ」
「へー」
「まあ、手術室にはあまり関係ない話かもね」
そうかなぁとりりかが言うのと、世界的にマスクとその他、防護服が取り合いになっているとテレビで流れるのとほぼ同時だった。手術室で使用する物もどうやら含まれていた。
「ん!ウソ!ごめん、関係あるかも!」
あははは、りりかと瑠偉は変にバカ笑いしてそれぞれ仕事に戻った。
りりかは翌日の手術に向けて、術式と患者状態に合わせた器械を確認し、ひと所に集め、ついでに執刀医の癖に合わせた物品も追加した。
瑠偉は星とそれから久々に出勤していた斉藤春日と3人でまじめに馬鹿話をしていた。
その様子を見ていた熊田が、砂肝に、あの空間はまるで男子校みたいだと話していた。砂肝は、うちの息子たちもああなるのかしらと、と熊田と2人で苦笑いしつつこれがうちのオペ室だからと呆れた様子で退勤していくのだった。
⁂
この年の上旬、WHOが新型コヴィッドウイルスのパンデミックを宣言した。このような感染症の世界的流行は1918年の、いわゆるスペイン風邪と呼ばれたインフルエンザ以来と言われ、またその時よりも大規模であることがニュースで繰り返し流れた。
このウイルスに対策を立てようにも、全く科学的根拠が存在せず、よって100年前にも有効だとされた手段ー換気、消毒、マスクをするーなどの他に感染対策が立てようもなかった。
第2章 了
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