#84 俗 2021.03.22.Mon.
今日は読書。
先輩に貸していただいた『上京物語』という本を読んだ。
すごく面白かった。
”成功”とは何か考えさせられた。
私にとっての”成功”ってなんだろう。
本では一般的にお金持ちになることが”成功”と考えられている、みたいに書かれてた。
私は死ぬ時に自分の人生それなりに楽しかったなって思えれば”成功”なんじゃないかなと思ってる。
小さな”成功”は人生の中でたくさんあると思う。
ただ、広く大きい人生って視点で見ると、結局は楽しかったかどうか、幸せだったと思えるかどうかかなと思ってる。
本の中でもあったけど、”幸せ”の基準は自分自身で決めるものだと私も思う。
他人と比較して決めるものでもないし、ましてや他人に決められるものでもない。
なんで自分の人生の価値とか意義を他人に左右させられんとあかんねんって思う。
ただ、正直他人と比べること自体はそんなに悪いことでもないと思う。
比べるからこそ頑張れる人、改善できる人、成長する人もいる。
それはそれで別に好きにすればいい。
ただ、比較することで自分がしんどくなったり、他者に不快な思いをさせて迷惑をかけるのが良くないだけであって。
私は比べたらしんどいだろうなって思うし、そもそも他人と比べたところで違う人間だし意味ないだろって思うからやりたくはない。
それと、この本のテーマは”常識”だった。
そもそも”常識”ってなんだろう。
やぶってはいけないもの?
外れてはいけないもの?
私は違うと思う。
”常識”なんて個々が持つ固定概念でしかない。
ただ、同じような固定概念を持つ人が多ければ多いほど人間の思考と感受性を縛る力は強くなっていく。
そんなちんけなものに縛られるのなんて馬鹿らしい。
そうは思いつつも自分では気づいていないだけで、結局は私も自分の中にある固定概念に縛られて生きてるんだろうな。
嫌だなあ。
本に書いてたからとか、先輩上司に言われたからとかいう理由だけで正しいと思い込む人多いなと最近思う。
別に本とか先輩上司が間違ってるなんて言いたいわけじゃない。
私だって、それらからいろんなことを学んでる。
そうじゃなくて、なんで自分が正しいと思う理由が「本に書かれてた、先輩上司に言われた」なのか。
それらは手段であって、理由にはならねえだろ。
なんでそこにあったから正しいと思えるのか不思議でたまらない。
大して自分の頭使って考えもせず、ただ見聞きして知った結論だけをよく正しいと思い込めるな、違和感でしかない。
しかもそれが全員にとっての全てにおいての唯一の正解なんて思ってる人もいるから本当に理解できない。
これも結局はそういう人自身の”常識”なんだろう。
本に書かれていることは全部正しい。
先輩上司の言っていることは全部正しい。
っていう。
それも結局は著者やその先輩上司の固定概念や主観に過ぎないのに。
本を読むことや先輩上司に聞くこと自体に何かしらの意義や価値があると思っている人もいるんだろうけど、私はそうは思えない。
本とか先輩上司から学べることは沢山ある。
それは分かる。
ただ、その行為自体は1つの手段であって、そこで知ったことに対して自分がどう思うのか何を考えるのかが重要なんじゃないの。
いろんなことを見聞きして知識を増やして、それを自分なりに考えてどういう根拠を持って自分にとっての正解にするのかが大切なのでは。
それに、外から知ったことも自分から生み出したことも、結局は自分や誰かの固定概念や主観の中での正解に過ぎないのだから周囲にまで強要するなんておかしい。
さもそれが唯一の正解だみたいにひけらかすなんておかしい。
誰かにとっての正解は、他の誰かにとっての不正解でもある可能性をなんで想像できないんだろう。
逆に言えば、自分にとっての不正解は、誰かにとっての正解でもある可能性をなんで考えないんだろう。
これも全部結局は私の主観。私だけの”常識”。
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