![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/114035908/rectangle_large_type_2_ccfa33d1a2e79274bd1e5616b41013f3.png?width=1200)
連載小説・タロットマスターRuRu
【第十五話・空白の日】
月曜日の昼の休憩時間、琉々は食後のコーヒーを、日陰のベンチで楽しんでいる。駅地下にある、お気に入りの店のものだ。時間に余裕がある日は、食後の散歩がてら、駅前まで買いに行くことがある。カップの蓋を外してコーヒーの薫りを楽しみながら、ゆっくりと口をつける。
「琉々!お疲れ様」
通りかかった奈都子が隣に座った。手にはコンビニのアイスコーヒーを持っている。
「お疲れ様〜」
そう言いながら琉々が小さくあくびをする。
「あれ?疲れてる?寝不足?」
「んー…疲れって程でもなくて…」
琉々は、ひとくちコーヒーを飲んだ。ふぅ。と、小さく息を吐く。
「そう?いつもそこのコーヒー飲んでる時は、もっとキラキラしてるけど」
いつもと違う様子の琉々に、奈都子がクスッと笑う。
「そうね…まあ…今日はいつもより朝が早かったから…」
琉々は今朝の出来事を思い出す。
朝七時、約束の時間に丘咲は琉々の屋敷に到着した。昨日と同様、休日用のカジュアルな格好である。
「おはよう」
既に庭にいた琉々は、丘咲の姿を見て声をかける。
「琉々さんおはよう」
まだ寝起きのような声で、丘咲が応えた。眠そうな丘咲の様子は無視して琉々は作業を命じる。
「あまり時間がないから、早速やってもらうわよ!まずは基本、水やりからね。こっちへ来て」
琉々は駐車場の方へ歩いて行く。それを丘咲が追いかけるが、足取りが重い。それでも最大の力を使っているようだ。駐車場の端には庭仕事用に蛇口が設置されていた。その先には水やり用にホースが取り付けられている。琉々がシャワーヘッドのついたホースを準備する。
「ほら、これを伸ばして。庭全体に水を撒くの」
琉々は丘咲にホースを手渡した。
「あ、はい…」
覇気のない声で答えて、丘咲はそれを受け取った。シャワーヘッドは握ると水が出るタイプのようだ。琉々が蛇口を開け、水が流れ出てきた感触がホースから伝わってくる。丘咲はシャワーヘッドのボタンを握って水を撒いた。
「そうそう。そんな感じで庭全体に撒いてちょうだい」
水飛沫をぼんやり眺めながら丘咲は指示に従う。蒸し暑さが少し和らいでいく。長らく見ていなかった緑の風景が目の前に広がっている。東京に出てきてからは仕事漬けの毎日だったし、休みの日も、生活に追われていたため、レジャーに出かける余裕などなかった。
『花なんて見たの、いつぶりだ?』
丘咲は心の中で、ここ数年の自分を振り返る。
思い出せるのは仕事、会社、同僚や上司の顔、そして都会の風景だけだ。
『俺、ホント仕事以外何にもしてなかったんだな…』
丘咲が心の中で苦笑していると、琉々の鋭い声が届いた。
「ちょっと!手が止まっているわよ。立ちながら寝ているの?」
琉々は歩み寄って、丘咲の顔を覗き込んだ。琉々の大きな目が視界に入って、丘咲は現実に戻ってきた。
「ごめんなさい!自然とか花とか、ここ数年見てなかったなぁって…思い出してたんだ」
その言葉を聞いて、琉々がキョトンとした表情になった。
「へぇ…そんな人もいるのね。東京は自然が多い方だと思うけど?公園にも緑が多いし。そうゆう所にも行かないんだ?気持ちいいわよ。自然の中は。ほら、あっちにも撒いて。届いてないわよ」
会話を続けながらも、しっかりと指示を出す。
「あ、はい…休みの日は疲れていることが多かったし…家の片付けや家事もしないといけないでしょ?そういえば就職してから、自分の時間ってほとんど取っていなかった気がするな…」
キラキラと輝く水飛沫に目を細めながら、丘咲はポツリと答えた。
「仕事中心の生活か…まぁ、二十代前半ならそんなもんか…」
いつの間にか、琉々はちゃっかりサングラスをかけている。丘咲の撒いているホースの向こう側をしっかりと見つめて、指で指示を出す。しかし、今日の琉々は会社に出勤するための服を着ているので、サングラスと全く合っていない。秘密結社のエージェントのようにキマッっている。丘咲はそのミスマッチに笑いそうになるが、また琉々に怒られるだろうと思ったので、どうにか笑いを噛み殺してやり過ごした。
【続き・第十六話】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?