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連載小説•タロットマスターRuRu

【第七話・深夜の散歩】

ほろ酔いで店を出た丘咲は、大きく伸びをして駅とは違う方向へ歩きだした。酔い覚ましも兼ねて、来たことのないこの周辺を、散歩してみることにする。この辺りの飲食店はガラス張りでテラス席のある店が多く、どの店も賑わっているのが見える。幸い、会社の知り合いは見当たらなかった。

裏通りを奥へ進むと、店がまばらになり、徐々にひっそりとした雰囲気になっていく。街灯だけが道を照らしていた。

T字路に突き当たった丘咲は、そろそろ引き返そうと、くるりと方向転換をする。その瞬間、丘咲の目に小さな灯りが目に入った。T字路を左に曲がった先に、暗くて見えづらいが建物が見える。灯りはその建物の窓から漏れているようだ。

『こんなところに家か?』

気になって、灯りの方へと歩き出した。周りには、もう歩いている人はいない。コツコツと丘咲の靴の音だけが響く。

近づいてみると、珍しい形の家であった。いや、屋敷と言った方が正しい。日本らしからぬデザインのその建物は、暗い中で見ると少し不気味に感じた。酔いで意識がはっきりしない丘咲は、気を引き締め、屋敷をじっくりと観察した。外には、表札も看板も出ていない。

門扉から数メートル離れている屋敷の扉には何か書かれているようだが、暗くてよく見えない。酔いの勢いもあってか、丘咲は、この不思議な屋敷の正体を突き止めてやろうと思い付いた。

『音を鳴らさずに近づけば、大丈夫だろ』

そう考えた丘咲は、キョロキョロと周囲を確認し、人がいないことを確認した。そして、門の周りや建物に監視カメラが設置されていないか目を細めてじっくりと確認した。大丈夫だと判断すると、慎重に門を開け、そろりとへ入っていった。サクサクと芝生を踏みしめる音にも注意をはらう。幸い、門から建物までは障害物はなさそうだ。

周囲を警戒している反面、心の奥深くではワクワクしている自分がいる。新しいおもちゃを与えてもらった子供のように、丘咲は目をキラキラさせていた。灯りが漏れている窓には、プランターが飾ってある。中から話し声は聞こえなかった。

慎重に、窓から見えないように屈んで近づく。扉の手前は石造りになっているので、靴音を鳴らさないよう気をつけて、そっと扉の前に立った。古い作りのその扉には、綺麗にアートされた看板がぶら下がっていた。門扉からぼんやりと見えていた物だ。

【タロットマスターRuRu】

そう書かれた看板を目にした丘咲は、少しの間考える。

『タロット…?タロットって、占いのあれか?』

なんとなくイメージはできる。しかし、彼が一番に思い付く身近な占いといえば、朝のワイドショウでの1日占いくらいである。タロットなど、全く未知の分野であった。丘咲は、息を殺して扉に耳を当て、中の様子を伺う。やはり、話し声は聞こえない。客はいないようだ。

『こんな日だ。せっかくだし占ってもらうか。もう、この辺に来ることもなくなるしな』

丘咲は、思い切ってノックしてみる。酔いはほとんど覚め、鼓動が速くなるのを感じた。数秒待ったが、返事はない。人の気配を確かめるため、もう一度扉に耳を当ててみる。やはり、物音は聞こえない。

「すいませーん!」

今度は声を出して、しっかりとノックをしてみた。

「すいませーん!」

丘咲はしつこく呼びかけてみた。少しして、扉の向こうから足音が聞こえて来た。人の気配を察知した丘咲は背筋を伸ばして気を引き締める。アイアンのドアノブが下がり、ゆっくりと扉が開いて、隙間から女がひょこっと顔を出した。

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