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連載小説・タロットマスターRuRu

【第十一話・占いの館】

琉々が表参道駅に着くと、一時半前であった。駅から屋敷までは、歩いて十分ほどで着く。

琉々はゆったりとした足取りで屋敷まで向かった。賑わっている駅前のメインストリートを逸れて、裏通りへ入る。人通りは少なくなるが、休日のため、買い物に来ている若者たちでいつもより賑わいを見せている。

T字路に突き当たり、屋敷のある左へ曲がろうとした所で後ろから声がした。

「琉々さん?」

呼ばれて琉々は声の方向へ振り返る。

「やっぱり琉々さんだ!」

声の主は、丘咲である。笑顔で近付いてくる。

「日傘を差してるから、琉々さんかどうかわからなくって。でも、こっちには琉々さんの屋敷しかないでしょ?もしかしたら、と思って、声かけちゃった!」

『相変わらず、謎に人懐こい男だな…』

近付いて来た丘咲の顔をじっと見つめ、琉々は心の中で呟く。少し不穏な表情の琉々には気づいていない丘咲が続ける。

「ちょっと早く駅に着いちゃって…どこかで時間を潰そうかどうか悩んだんだけど、この辺のお店ってオシャレ過ぎて…俺、落ち着かなくてさ」

「確かに、あなたに似合う感じのお店は少ないわね」

琉々は、首を傾げながらズバッと言う。

「えー!確かにそうなんだけどさ!琉々さん、ちょっと酷くない?」

丘咲が詰め寄って訴えると、琉々は持っている日傘を後ろへ避けた。

金曜日は、スーツ姿の丘咲だったが、今日はもちろん私服である。ブルーのジーパンに、シャツを羽織り、足元はスニーカーという、至ってシンプルな格好だ。髪は、前髪を斜めに流すのが、彼のいつものスタイルのようだ。

今日の琉々は、いつもより低いヒールを履いているので、丘咲の方が少し目線が高い。といっても彼の身長は169cmくらいなので、ヒールを履いた琉々とは、大した身長差はないが。

「一応、オシャレして来たつもりなんだけどなぁ…」

丘咲は、着ているシャツの裾を摘んで呟いた。琉々はくるりと振り返って歩き出す。

「本当の事なんだから、仕方ないじゃない。思ってもない事を言って、期待させるのは嫌いよ」

歩きながら話す琉々の後ろ姿を、丘咲が小走りで追いかけた。

「別に、悪い事じゃないわ。人それぞれ、合うものが違うんだから、自分に合うものを見つけて、自分らしく生きるのが一番よ」

琉々がそう言い切ったところで、丘咲の足音が止まった。琉々が振り返る。

「琉々さん…!格好いい!俺、そんな風に考えたことなかったよ」

「え…?そんなに感動することかしら?あなた、今までどうやって生きてきたの?」

「え?うん…いや、別に普通に…」

口篭っている丘咲は無視して、琉々は再び歩き出す。

「…まぁ、今日の格好は似合っていると思うわ」

丘咲は、琉々が振り返りざまにニコッと笑顔になったのを見逃さなかった。

屋敷に着いて、琉々が門扉を開けた、中に入ると、綺麗に整えられた芝生がキラキラと輝いている。丘咲は屋敷全体を見渡した。一昨日は暗闇で気味が悪く見えた屋敷は、薄いピンクベージュのレンガでできており、とても可愛らしい外観だ。庭は、芝生をはじめ、木や花壇で彩られており、都心とは思えない風景が広がってる。まるで、郊外の別荘地に来たような気分になる。丘咲はため息をついて建物を見上げた。

「そんなに珍しい?」

扉の鍵をカチャカチャと開けながら、ぼうっと見上げている丘咲に、琉々が話しかける。丘咲は、地上に視線を戻すと建物の影に車が停まっているのを見つけた。

『琉々さん、車乗るんだ…』

言葉にするより前に、好奇心で車の方へ近寄る。建物の横へ回り込んで覗いてみると可愛らしいミニクーパーがあった。綺麗に手入れされているそのボディは、艶々に輝いていフロントには二本、黒いラインが施されている。

「何してるの?暑いんだから、早く中に入りましょ」

「あ…車がチラッと見えたから、気になって。てゆーかこの車、琉々さんのだよね?運転するの?」

丘咲が振り返って聞く。

「そうよ、私の車よ。勿論、自分で運転しているわ。私はしがない会社員なんだから、運転手付きなんて贅沢なことはできないわ」

「え!琉々さんて、会社員もやってるの?都会のど真ん中で、こんな立派なお屋敷で占いやってるから、なんか謎の占い師家系の末裔とかだと思ってた!」

丘咲の言葉に、琉々は小さく吹き出した。

「何?謎の占い師家系?面白い想像ね。確かに、祖母はタロットを専門で仕事にしてたけど、私はそうじゃないの」

琉々は、話しながら入り口の方へ戻って行く。暑いので、早く屋敷の中に入りたいのだ。丘咲は小走りで琉々を追いかけて、屋敷の中へ入った。

中に入ると、丘咲はまた物珍しげにキョロキョロしている。琉々が灯りをつけると、応接スペースはふんわりと明るくなった。

「準備が整っていなくてごめんね。そこのソファに座って」

そう言い残し、琉々は奥の方へ姿を消した。丘咲は、一番近いソファに腰掛けた。緊張しているのか、背もたれにもたれず、姿勢を伸ばしてかしこまっている。カツカツとヒールの音がして、琉々が戻って来た。

「はい、どうぞ。アイスコーヒーでいい?」

丘咲の前に、たっぷり氷の入ったアイスコーヒーのグラスを置いた。

「あ、ありがとうございます」

何故か敬語でお礼を言う。喉が渇いている丘咲は、すぐさまグラスを手に取って飲んだ。

「少しそこでゆっくりしてて」

ウィンクをして、琉々はさっきとは別の、カーテンのかかっている部屋へと入って行った。丘咲は、少し姿勢を崩して背中をソファに預け、ゆっくりと室内を見渡した。

彼が座っているソファの正面の壁には暖炉が設置されているが、今はもう使われていないようで、インテリアスペースとなっていて、ドライフラワーやキャンドル、大きな絵画などが飾られている。その横には、アンティークの大きな時計置かれていて、カチカチと音を立てて動いている。丘咲は、天井を見上げて目を閉じると、大きく深呼吸した。

少し経って、琉々がカーテンの間からひょこっと顔を出した。

【続き・第十二話】

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