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そこは黄金の街
きっかけは社会人1年目。
同期の「知人が店を出したから行こう」の号令により、同期4人で訪れたのが始まりだった。
入社前から新宿でよく飲んではいたが、ゴールデン街には寄った事がなかった。もしかしたらその頃存在を知らなかったのかもしれない。知っていたとしても何となく近寄りがたい雰囲気に気圧されて足を運ぼうとしなかったのかもしれない。今となってはあまりにも遠い記憶だ。
まあそんな事はどうでも良い。
同期が連れて行ってくれなければ、この素敵な街に訪れる事はなかったのだ。
その同期は退職し、私も転職した為、他の同期達とも長い間疎遠である。にも関わらず、店のマスターとはかれこれ10年以上、いまだに付き合いがある。マスターは私の2歳上で、兄のように慕っている。彼もまた、私を妹のように可愛がってくれている。(多分)
マスターが新しいお店を出店する際は(結構やり手なのである)すぐに駆け付ける。私に何かあれば「お金は要らないよ」と言ってお店によんでくれる。彼だけではない。そういうマスターが居るお店がゴールデン街にはある。通い続けている人達は分かると思うのだが、とてつもないホーム感がこの街にはある。
狭い路地に3、4坪の店が密集している。隣の客とお尻がくっつく程狭い店内では否が応でも他人の会話が聞こえる。故にマスターや常連が時に狂言回しのような役割を担い、店内に居る客全員で会話が弾む事もよくあった。そういう瞬間は、初めて顔を合わせたのに、まるで知己のようである。
そうして次にまた街を訪れると見知った顔が増えていく。大人になってから友人が増えるというのは面白い。
街に来る客の年齢層は幅があり、家と会社の往復では出会えない異業種の人達と話が出来るのも楽しかった。
20代前半のギラギラしていた頃だ。この街は、私にはあまりにも蠱惑的だった。
が、
20代も後半に差し掛かり、地元に営業所を構える会社に転職してからというもの、パタリと行かなくなってしまったのだ。
理由は色々あった。
まず遠くなった。
都内勤務で無くなった為、会社帰りに寄らなくなった。行くにしても交通費が丸々かかる。定期の有り無しがここまで自分の懐にダイレクトアタックを喰らわせてくるとは思わなかった。
加えて、地元で飲むことが増えた。
テナント料の関係なのか、地元は都内より安い。美味しいお店も多く、なにより帰りが楽だった。(タクシーで帰ることが可能な距離は有り難い)
そしてこれが一番大きい理由だったかもしれない。
歳を取った。
30を迎える頃、ギラギラしたものやドギツイものが苦手になった。
その感覚は歳を取ると焼肉に胃もたれするようになるのと似ている。実際あんなに肉食だった私が、今や好きな食べ物は寿司と蕎麦である。地元に迎合するようになったのもそういった理由からだろう。
新しい人達と出会う行為に疲労感を感じるようになった。
人間関係にお腹一杯になってしまったのだ。満足感ではなく膨満感に近い。
私は街を離れた。
それからしばらく経って、私はまたこの街に足を運んだ。
特別なきっかけがあった訳ではないのだが、何となくフラフラと足が向いたのだ。
店に入り、当時の定位置に座った。あの頃を反芻する。カウンターに立つ人間はマスターが雇っている子だ。年齢はマスターがこの店を開いた頃くらい。その目には当時の彼のように野心を感じる。
目の前の酒はハイボール。20代の頃は専らビール派だったのだが、良い年齢なので糖質が気になる。
店も歳を取る。椅子の座面はひび割れ、所々剥がれ落ち、雨漏りの跡か、天井には染みが出来ている。
物思いに耽っていると、客がやって来る。若い子達だ。女の子1人と男の子2人の3人組。関係性を聞いてみると同じゼミだという。成る程。しばらく会話が弾む。懐かしいやり取りだ。記憶がオルゴールのように流れ、当時の自分と彼等を重ねる。それと同時に、若い彼等の目に映る私は、かつての常連の姿なのだと感じた。
昔は始発まで居ることが多かった。元気だったし、楽しい時間を1秒でも長く過ごしたかったからかもしれない。
その日は終電が走る2、3時間前には新宿を出た。
楽しいからと言って、その場で貪るような事はしなくなった。
何事も腹八分目が良いと思えるようになったのは、大人になったからなのかもしれない。
今現在、飲食業界は佳境を迎えており、ゴールデン街の現状も多分に漏れず芳しくない。
日本人だけでなく、インバウンドの客で賑わっていたこの街はまるで嘘のようにひっそりとしている。
早くかつての活気を取り戻して欲しいと切に願うばかりだ。
この記事を読んでくれた誰か1人でも状況が良くなった後に訪れてくれたらとても嬉しい。
そしてもし、何処かの店で出会ったら乾杯しましょう。黄金の街でまだ見ぬあなたを待っています。
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