引き連れて
よく関西圏の怪談イベントに足を運んで下さる敦也さんという男性。
敦也さんには九十代の祖母がおり、現在福岡市内の病院で入院生活を送っている。
つい先日敦也さんの母が祖母の見舞いに行った時のことだ。
その日は母が病室に一泊することとなっており売店で飲み物を買うために一度病室を離れた。
部屋に戻った母親を見て祖母が、
「あんた、いっぱい誰をそんなに連れて戻ってきたんね」
と母の周囲を見ながら告げた。
当然母親は一人。周囲には誰もいない。
しかし祖母は、
「ここに(自分を産んだ)お母さんがいる」
「大叔父さんも来てくれたんね」
戸惑う母に構わず懐かしむような口ぶりで話している。そんな様子を目の当たりにした母親は(これはいよいよか……)と覚悟を決めたそうだ。
「僕もこっち来て、お菓子食べり」
突然祖母が自分の母親や大叔父とは別の、全く心当たりのない男の子の特徴を上げて呼びかけた。
「ちょっと、母さん……」
戸惑う母を見ながら祖母は、
「あんたの後ろに立っとるよぉ――」
屈託のない祖母の笑顔に背中にぞわりと悪寒が走った。
怖くなった母は病室の電気を全灯にし、一晩中〈部屋の中にいる誰か〉に向かって喋り続ける祖母の隣で眠れぬ夜を過ごしたという。
幸い敦也さんの祖母の体調は快方に向かっているとのことで、何とも言えない据わりの悪さだけが後に残った出来事だ。
敦也さんいわく祖母は認知症は患っているようだが、個人の認識は問題なくできる程の進行であるという。
見知らぬ男児が一体どういった存在なのかは不明だが、病院という〈死に密接した場所〉である以上、心霊的存在が親族に混じり病室に現れたという事例なのかもしれない。
*
このエピソードを聞いて思い出した話がある。
兵庫県内のとある病院には『せつ子の部屋』と呼ばれる病室があった。その病室ではたびたびおかっぱ姿の女児の姿が目撃されている。
目撃者によるとその風貌はまるで、映画「火垂るの墓」に出てくる〈節子〉という女児の姿にそっくりだというのだが、目撃者には共通点がある。
全員が緩和ケアのサポートを受けている末期症状の患者であるということだ。そしてこれらの目撃者は証言の後、数日内に亡くなっている。
無論、緩和ケアであるためモルヒネなどの投薬治療も含まれる。それらが影響した俗に言う「幻視」である可能性は大いに考えられる。
しかし証言にある女児の姿は共通しており、これらの存在は病院職員の中ではもはや〈当たり前の存在〉として語られているのも事実だ。
「△△号室の○○さんが、あの部屋で〈せつ子〉を見たらしい。もうすぐなんやろなぁ」
そんな会話が看護師間では当然のように交わされている。いわばせつ子とはこの病院では〈公認の死神〉のような扱いなのだ。
しかし視点を変えて見ると〈女児を目撃した人間が死ぬ〉のではなく〈死期の近づいた人間にだけ見える存在〉もしくは通説のお迎え、その一種なのかもしれない。
しかし自身に置き換えてみると、もし勤務中に「せつ子」を目撃もしくは遭遇してしまったら……などと考えると背筋が寒くなる。
その旨をこの「せつ子の部屋」のエピソードを話してくれた現職の看護師さんに伝えると、
「そんなもん、どの病院にでもおるよ。怖がってたら仕事にならん」
と一蹴された。
やはり死に密接した職場で働く方の胆力は、僕の虚弱なそれよりも何倍も強靭であるのだなぁとひどく感心したことを覚えている。
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